、彼女の眼を覚させまいと、その心配は少しもなかったが、とにかく用心をした。それが済むと、窓ぎわの椅子《いす》にかけて、氷塊がころげてるかと思われるような、霧の濛々《もうもう》と立ちこめた河をながめた。そして夢想のうちに惘然《ぼうぜん》と沈んでゆくと、哀調を帯びた牧歌の曲が漂ってきた。
時々彼女は、眼を少し開いて、ぼんやり彼の方をながめ、幾秒かかかって彼の姿を認め、彼に微笑《ほほえ》みかけ、またも眠りに陥っていった。彼女は彼に時間を尋ねた。
「九時十五分前だよ。」
彼女は半ば眠りながら考えた。
「まだなんでもないわ、九時十五分前なら。」
九時半に、彼女は伸びをし、溜息をつき、起きると言った。
しかし彼女がまだ動かないうちに、十時が鳴った。彼女は不機嫌《ふきげん》になった。
「また鳴ってるわ!……いつも時間の進むこと!……」
彼は笑った。そして彼女のそばに来て寝台に腰かけた。彼女は彼の頸《くび》に両腕をまきつけて、夢の話をした。彼はあまり注意して聞かないで、ちょいちょいやさしい言葉をはさんでさえぎった。しかし彼女は彼を黙らして、非常に重大な話かなんぞのように、ごく真面目《まじめ》に話をつづけた。
――彼女は晩餐《ばんさん》会に列していた。大公爵もいた。ミルハは尨犬《むくいぬ》だった[#「だった」に傍点]……いや、縮れ毛の羊だった。そして給仕をしていた。……アーダはどうしたのか、地面から上へ上っていって、空中で歩いたり踊ったり寝たりすることができた。それは訳もないことだった。ただ、こう……こうすればよかった。するともうそれができるのだった。
クリストフは彼女をひやかした。彼女は笑われたのを少しむっとしながらも、自分でも笑っていた。彼女は肩をそびやかした。
「ああ、あんたにはちっともわからないのね!……」
二人はその寝台の上で、同じ皿《さら》と同じ匙《さじ》とで朝食をした。
彼女はついに起上った。掛物をはねのけ、美しい大きなまっ白い足先と、でっぷりした美しい脛《すね》を出して、敷物の上にすべりおりた。それから、そこにすわって息をつき、自分の足をながめた。しまいに手を打って、出てゆくように彼に言った。彼がぐずぐずしてると、彼女は彼の肩をとらえ、扉《とびら》の外に押し出し、鍵《かぎ》でしめ切った。
彼女はいろいろ手間どり、美しい手足を一つずつながめては差伸ば
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