音楽は各音が一つの意味を有する精確な言語であると、考えるの習慣を得た。そして、ただ語るだけで何の意味をも言わない音楽家を忌み嫌った。
 けれども、彼が書く音楽はまだ、彼自身を完全に表現するにはなかなかいたらなかった。なぜなら、彼はまだとうてい自己を完全に見出してはいなかったから。教育が第二の天性として子供に押しつける、覚ええた堆《うずたか》い感情を通して、彼は自己を捜し求めていた。あたかも雷電の一撃が覆《おお》いかぶさってる雲霧を払って空を清めるがように、個性をその借物の衣から脱却せしむるあの青春の熱情を、彼はまだ感じたことがなかったので、真の自己というものについては、ただいくらかの直覚を有するにすぎなかった。ほの暗いしかも力強い予感が、自己と関係のない旧物に、彼のうちで入り交じっていた。彼はそれらの旧物から脱しえなかった。そしてそれらの虚偽にいらだった。自分の書いてるものが、考えてることよりいかに劣ってるかを見て、憂苦に沈んだ。彼は苦々《にがにが》しくおのれを疑ってみた。しかしその愚かしい失敗で諦《あきら》めることはできなかった。もっとよくやり、偉大なものを書こうと、奮激した。そして
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