。」
 彼はその説明の馬鹿らしさにみずから顔を赤らめた。役人は皮肉と憐憫《れんびん》との交った様子で彼を眺めていた。クリストフは書面を手の中にもみくちゃにして、出て行こうとするふうをした。役人は立上がって、その腕をとらえた。
「ちょっとお待ち、」と彼は言った、「私が取計《とりはから》ってやるから。」
 彼は長官の室へ通った。クリストフは他の役人らにじろじろ見られながら待っていた。どうしたらよいか、自分でもわからなかった。返辞を伝えられないうちに逃げ出そうかと考えた。そしていよいよそう心をきめかけたが、その時扉が開いた。
「閣下が御面会くださるよ。」とその世話好きな役人は彼に言った。
 クリストフははいって行かなければならなかった。
 ハンメル・ランクバック男爵閣下は、頬髯《ほおひげ》と口髭《くちひげ》とをはやし、頤鬚《あごひげ》を剃《そ》ってる、さっぱりとした小さな老人であった。クリストフがもじもじして礼をするのにうなずきの礼も返さず、書きつづけてる手をも休めないで、金縁の眼鏡越しに眺めた。
「では、」とちょっと間をおいて彼は言った、「君は願うんだね、クラフト君……。」
「閣下、」とク
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