巻をポケットに入れていた。そして毎日、劇場から出ると、長い回り道をして、ミンナという恋しい三文字のついた看板が出てる小間物屋の店先を通った。
自分を名高い女にするために勉強してくれと彼女から切願されたので、彼はうっかりしてるのがやましかった。そういう要求の無邪気な虚栄心は、信頼のしるしとして彼の心を打った。彼はその求めに応ずるために、ただに彼女に捧呈するばかりでなく真に献《ささ》げきった一つの作品を、書いてみようと決心した。それで当分のうち他のことはいっさいできなかった。そしてその作品の構図を思いつくや否や、楽想《がくそう》は湧然《ゆうぜん》として湧《わ》いてきた。数か月来貯水池にたまっていた水量が、堤防を破って一挙に流れ出すのにも似ていた。彼は一週間の間自分の室を出なかった。ルイザは戸口のところに食事を置いていった。彼女をも室にはいらせなかったのである。
彼はクラリネットと弦楽器とのための五重奏曲《カンテット》を一つ書いた。第一部は、青春の希望と欲望との詩であった。最後の部は恋の諧謔《かいぎゃく》であって、クリストフの多少荒くれた気質がその中にほとばしっていた。しかしこの全曲は、
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