日彼が、その危険なかわいらしい手を敬遠して、少し離れて平然とすわっていた時、彼女は焦燥の念にとらえられた。そして自分でも考えてみる暇《ひま》がないほど素早く、彼の唇に自分の手を押しあてた。彼は狼狽《ろうばい》し、次に憤りつつ恥ずかしかった。それでもやはり、その手に接吻し、しかもごく熱烈に接吻した。が彼女のそういう無邪気な厚かましさに腹だった。彼はミンナをそこに置きざりにして立去ろうとまでした。
 しかし彼はもうそれができなかった。とらえられていた。騒然たる種々の考えが胸中に乱れていた。何にもよくわからなかった。谷間から立ち上る靄《もや》のように、それらの考えは心の底から湧《わ》き上がっていた。彼はその恋愛の狭霧《さぎり》の中を、めくら滅法にあちらこちら彷徨《さまよ》った。そしていかに努力しても、あるおぼろな固定観念のまわりを、あたかも虫にたいする炎のような、恐るべき魅惑的な、未知の「欲望」のまわりを、ただぐるぐる回るばかりだった。それは「自然」の盲目な力のにわかの沸騰であった。

 二人は期待の時期を通っていた。二人ともたがいに窺い、たがいに欲求し、たがいに恐れていた。彼らは不安だった
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