ようともしなかった。彼の口はその手のそばに近づいた。彼は音譜を読もうとしたが読めなかった。他の物を見ていたのである――花弁のようなしなやかな透き通った物を。そして突然――(どんなことが頭に浮かんだかみずから知らなかったが)彼は力いっぱいに、その愛くるしい手に唇を押しあてた。
二人ともそれにびっくりした。彼は後ろに飛びのき、彼女は手を引込めた――二人とも真赤になりながら。二人は一言も交《か》わさなかった。顔を見合しもしなかった。当惑してちょっと黙っていた後、彼女はまたピアノをひき始めた。胸が押えつけられてるように軽く喘《あえ》いでいた。やたらに音符を間違えた。彼はその間違いに気づかなかった。彼女よりいっそう心乱れていた。顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》がぴんぴんして、何にも耳にはいらなかった。そしてただ沈黙を破るために、息づまった声で、むちゃくちゃに意見を述べた。もう取り返しのつかないほどミンナから悪く思われたことと、彼は考えていた。自分の行ないに困惑してしまい、馬鹿な下等な行ないだと思っていた。稽古《けいこ》の時間が終ると、顔も見ないでミンナと別れ、挨拶《あいさ
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