にもたがいに手を差出さなかった。
 その暴挙の後、彼らは引きつづいて一週間以上会わなかった。彼らはたがいにきびしく批判し合った。しかし日曜の散歩を一度よして、みずからおのれを懲《こら》してしまうと、非常に退屈になって、恨みを忘れた。クリストフは例のとおり自分の方から申し出た。オットーはそれを承知してやった。そして彼らは仲直りをした。
 二人は気が合わないにもかかわらず、たがいに捨て去ることができなかった。彼らは多くの欠点をもっていたし、二人とも利己主義だった。しかしその利己心は無邪気なものであって、それを厭なものたらしむる成年期の打算をもたなかった。それは自覚しない利己心だった。ほとんど愛すべきものであって、彼らが真面目《まじめ》に愛し合うことを妨げなかった。彼らは非常に愛と献身とを欲していた。少年オットーは、自分を主人公にしたおおげさな献身の物語を考えながら、枕《まくら》の上で涙を流した。悲壮な出来事を想像し出して、その中で彼は、強い勇ましい大胆な者となり、想像的な敬慕の対象たるクリストフを保護してやった。クリストフの方では、麗わしいものや珍しいものを見聞きするたびごとに、「オットーがいたら!」と考えざるをえなかった。自分の全生活に友の面影を立ち交じらしていた。その面影は姿を変えて、非常なやさしみを帯びてき、彼はその実物を知ってるにもかかわらず、酔わされるような心地になった。オットーのある言葉をずっと後に思い出し、それを美化しては、情熱に駆られて身を震わした。二人はたがいに真似《まね》し合っていた。オットーは、クリストフの態度や身振りや手跡を真似た。クリストフは、影法師たる彼が、自分の言った一語一語をくり返し、自分の思想を新しい思想ででもあるかのようにもち出してくるのを、不快に思った。しかし彼は、自分もまたオットーの真似をしてることに気づかなかった。オットーの服の着方、歩き方、ある言葉の言い方、などを彼は見習った。それは一種の魅惑であった。二人はたがいに感染し合い、愛情に満ち満ちた心をいだいていた。その愛情は泉の水のように四方へあふれていた。友がその原因だと、彼らはおのおの想像していた。彼らはそれが青春期の覚醒《かくせい》であるとは知らなかった。

 クリストフは人を疑えない性質だったので、物を書いた紙片をそのままにしておいた。けれども本能的な羞恥《しゅうち》から
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