オットーは思い切って、震え声で口を切った。
「夕立だ。帰らなきゃいけない。」
クリストフは言った。
「帰ろう。」
しかしもう遅かった。眼が眩《くら》むような猛烈な一条の光がほとばしり、空が唸《うな》り、雲の丸天井がとどろいた。たちまちのうちに二人は、暴風雨にとりまかれ、電光におびえ、雷鳴に耳を聾《ろう》し、全身ずぶ濡《ぬ》れになった。平坦《へいたん》な野のまんなかで、どちらの人家へも三十分以上の距離があった、水の渦巻きの中に、ほのかな明るみの中に、雷電の巨大な光が真赤にほとばしっていた。彼らは走りたかった。しかし雨のために服がこわばりついて、思うように歩くことさえできなかった。靴《くつ》はぶくぶくしていた。全身に水が流れていた。息もつけないほどだった。オットーは歯をうち震わし、狂気のように猛《たけ》りたっていた。彼はクリストフに気を悪くするようなことを言いたてた。立ち止まりたがった。歩くのは危険だと言い張った。道にすわってしまう、畑のまんなかに地面に寝転んでやる、などと言っておどかした。クリストフは返辞をしなかった。彼はなお歩きつづけながら、風と雨と電光とに眼も眩み、響きに驚き、やはり多少不安になっていたが、それをうち明けないで我慢していた。
そしてにわかにからりとなった。雷雨はやって来たのと同じようにふいに通り過ぎてしまった。しかし彼らは二人ともあわれな様子になっていた。実際をいえば、クリストフは平素からだらしなかったので、少し服装が乱れたとてほとんど様子が変わらなかった。しかしオットーは、いつも服装をきちんと整えていたしそれに気を配っていたので、ひどいありさまだった。着物のまま風呂《ふろ》から出て来たかのようだった。クリストフは彼の方をふり向いて、その様子を見ながら、笑いがこみ上げてくるのを押えることができなかった。オットーは腹をたてる力もないほどがっかりしていた。クリストフはそれがかわいそうになって、快活に話しかけた。オットーは恐ろしい一|瞥《べつ》でそれに答えた。クリストフは彼を一軒の百姓家に連れ込んだ。彼らは盛んな火の前で身を乾かし、熱い葡萄《ぶどう》酒を飲んだ。クリストフはその出来事を面白がっていた。しかしそれはオットーの趣味には合わなかった。彼はふたたび野を歩いてる間、陰鬱《いんうつ》に黙り込んでいた。二人は口をとがらしながら帰って行き、別れる時
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