ず》れの音をたててはいって来た。彼女は疑り深い眼付であたりを見回した。もう若くはなかったが、まだ袖《そで》の広い派手な長衣を着ていた。そして物にさわらないように片手で裳裾《もすそ》を引上げていた。それでもやはり竈《かまど》のそばにやって来て、皿《さら》の中を覗《のぞ》き込んだり、また味をみまでした。少し手を上げると、袖がまくれ落ちて、肱《ひじ》の上まで素肌《すはだ》だった。クリストフはそれを見て、見苦しいようなまた猥《みだ》らなような気がした。いかに冷やかなぞんざいな調子で彼女はルイザに口をきいたか、そしてルイザはいかにへり下った調子で彼女に答えたか! クリストフはそれに驚かされた。彼は見つからないように片隅に身を潜めたが、なんの役にもたたなかった。その小さな児《こ》はだれかと夫人は尋ねた。ルイザはやって来て、彼をとらえて、御覧に入れようとした。顔を隠させまいとして両手を押えた。彼は身をもがいて逃げ出したかったが、こんどはどうしても逆らえないように本能的に感じた。夫人は子供のあわてた顔付を眺めた。そしてすでに母親としての彼女の最初の素振りは、彼にやさしく微笑《ほほえ》みかけることだった
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