彼はそこへ駆け寄って、母の膝《ひざ》にすがりついた。母は白い胸掛をつけて、木の匙《さじ》をもっていた。そしてまず、顔を上げて皆に見せるがいいとか、そこにいる人たちに一々今日はと言って握手を求めなさいと言って、ますます彼を困惑さした。彼はそれを承知しなかった。壁の方を向いて、顔を腕の中に隠してしまった。しかしだんだん勇気が出て来て、笑いを含んだ輝いた眼でちょっと覗《のぞ》いては、人に見られるたびにまた首を縮めた。そういうふうにして彼はひそかに人々の様子を窺《うかが》った。母は彼がこれまで見かけたこともないほど、忙しそうなまた厳《おごそ》かな様子をしていた。鍋《なべ》から鍋へと往《い》ったり来たりして、味をみ、意見を述べ、確信ある調子で料理の法を説明していた。普通《なみ》の料理女はそれを畏《かしこま》って聞いていた。母がどんなに人々から尊敬されてるかを見て、また、光り輝いてる金や銅のりっぱな器具で飾られたこの美しい室の中で、母がどんな役目を演じてるかを見て、子供の心は得意の情にみちあふれた。
突然、すべての話し声がやんだ。扉《とびら》が開いた。一人のりっぱな夫人が、硬《かた》い衣摺《きぬ
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