とだったから。しかし彼女が自分に内密でやってることについては、別に気を悪くしてはいなかった。小さなクリストフの方はまだ、生活の困難ということが少しも分らなかった。自分の意志の拘束となるようにはっきり感ぜられるものは、ただ両親の意志のみであった。しかもそれとて、彼はほとんど思いどおりに放任されていたので、さほど厄介なものではなかった。彼はなんでも思いどおりのことができるためには、ただ大人になることをしか望んではいなかった。人が一歩ごとにぶっつかるあらゆる障害を、彼は想像だもしてはいなかった。とくに大人である自分の両親さえ万事が思いどおりにやれるものではないということを、彼はかつて考えもしなかった。人間のうちには命令する者と命令される者とがあるということを、そしてまた、家の人たちも自分もともに前者に属するのではないということを、彼が初めて瞥見《べっけん》した日、彼の心身は激しく猛《たけ》りたった。それこそ彼の生涯の最初の危機であった。
 その日、母は彼にいちばん綺麗《きれい》な服を着せてくれた。もらい物の古着ではあったが、ルイザが丹念に手ぎわよく仕立直したものだった。彼は言われたとおり、母
前へ 次へ
全221ページ中65ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング