えたのであろうか?――しかしペンを手にするや否や、彼は静寂のうちにただ一人ぽつねんとしてる自分を見出した。そして消え失せた声を呼びもどそうといくら努力しても、結局は、メンデルスゾーンやブラームスなどの耳慣れた旋律《メロディー》が聞えてくるにすぎなかった。
「世には不幸な天才がある。」とジォルジュ・サンドが言った。「彼らには表現の方法が欠けていて、人知れぬ自分の瞑想《めいそう》を墳墓のうちに持ってゆく。著名なる唖者や吃者《どもり》の仲間の一人たる、ジォフロア・サン・ティレールが言ったとおりである。」――ジャン・ミシェルもそういう仲間に属していた。彼はもはや、言語においてと同じように、音楽においてもおのれを発表することができなかった。そしていつも幻をえがいていた。話すこと、書くこと、大音楽家になること、雄弁家になること、それをどんなにか望んだであろう! そこに彼の秘密な傷口があった。彼はそれをだれにも語らず、自分自身にも押し隠し、考えもすまいとつとめた。しかしいつも我知らずその方へ考が向いていった。そして心の中に死の種が下されていた。
あわれなる老人! 何事においても、彼は完全に自分自身
前へ
次へ
全221ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング