よく味わおうとする……。
彼は温かい寝床の中にいる。どうして彼はそこまでやって来たのだろう? 快い疲労に彼はぐったりしている。室の中の人声の響きと、一日のありさまとが、頭の中に立ち乱れる。父親はヴァイオリンを取上げる。鋭い美しい音が夜のうちに訴えるように響く。けれども最上の幸福は、母親が自分のそばにやって来る時、うとうとしてる自分の手をとってくれる時、自分の方に身をかがめて、求めるとおりに、意味もない言葉を連ねた古い唄《うた》を小声で歌ってくれる時である。父親はその音楽を馬鹿げたものだと言うけれど、クリストフはいくら聞いても聞きあきない。彼は息をこらす。笑ったり泣いたりしたくなる。心は酔わされる。自分がどこにいるかも分らない。やさしい感情で胸がいっぱいになる。彼は小さな両腕を母親の首にまきつけて、力の限り抱きしめる。彼女は笑いながら言う。
「まあ、私を絞め殺すつもりなのかい。」
彼はいっそう強く抱きしめる。いかほど母親を愛してることだろう! いかほどすべてを愛してることだろう! あらゆる人を、あらゆる物を! すべてがよい、すべてが美しい……。彼は眠ってゆく。蟋蟀《こおろぎ》が竈《か
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