きな都会、逆巻く海、夢のような景色、愛する人々の顔なども、子供のおりのかかる散歩や、または、他になすこともなくて小さな唇《くちびる》を窓ガラスにつけ、そこにできる息の曇り越しに、毎日透し見た庭の片隅、そういうものほど正確には心の中に刻み込まれない……。
もはや、閉め切った家の中の晩である。家……あらゆる恐ろしいもの、影、夜、恐怖、見知らぬもの、などにたいする隠れ場所。いかなる敵もその敷居をまたぐことはできないだろう……。火が燃えている。黄色い鵞鳥《がちょう》の肉が、串《くし》にささってゆっくり回っている。脂肪と歯ごたえのある肉との甘い匂いが、室の中にたちこめている。飲食の喜び、類《たぐ》いない幸福、敬虔《けいけん》な感激、喜悦の小躍《こおど》り! 快い温かさと、その日の疲れと、親しい声の響きとに、身体はうっとりと筋がゆるんでくる。消化は身体を恍惚《こうこつ》のうちに溺《おぼ》らして、そこでは物の形も、影も、ランプの笠《かさ》も、真黒な暖炉の中で火の粉を散らして踊ってる炎の舌も、皆|歓《よろこ》ばしい不可思議な様子になる。クリストフは皿《さら》に頬《ほお》を寄せて、その幸福をいっそう
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