力と品行とに悪評を与えるようなおかしな逸話は、いつも喜んでしゃべり回っていた。彼は演奏技倆を芸術の最高点においていた。なぜなら、彼自身の言によると、舌は人体の最も高尚な部分であるということは明らかな事実で、言葉を伴わない思想はなんの役にもたたないし、演奏を伴わない音楽はなんの役にもたたないということも、知れわたった事実であった。
がとにかく、彼がクリストフに与えた訓戒の理由はどうであったにせよ、その訓戒は、祖父の賛辞に危く失いかけていた平衡を、子供に取りもどさせるのに無益ではなかった。否それでも足りないくらいだった。クリストフはやはり、祖父の方が父よりもはるかに知力がすぐれてると判断していた。そして厭《いや》な顔をせずにピアノに向かうのも、父の言葉に従うためであるというよりむしろ、機械的に指を鍵盤の上に走らせながら、いつものとおり勝手に夢想に耽《ふけ》らんがためであった。いつまでも終ることのない練習をなしながら、彼は高慢な声が自分のうちでくり返すのを聞いていた。「おれは作曲家だ、偉い作曲家だ。」
その日以来彼は、作曲家であったから、作曲にとりかかった。字を書くこともろくに知らないう
前へ
次へ
全221ページ中176ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング