邪魔しに来ることを止められた。メルキオルは書いたり削ったり、削ったり書いたりしていた。老人は詩でも読むかのように、大声で話していた。時には二人で怒り出したり、言葉が見つからないでテーブルをたたいたりしていた。
それから、クリストフが呼ばれた。右には父が控え、左には祖父が控えて、彼をテーブルの前にすわらし、指にペンを握らした。祖父は彼に文句を書き取らせ始めた。彼は少しも理解できなかった。一語一語を書くのに非常に骨が折れたし、メルキオルが耳もとで怒鳴っていたし、また、祖父があまり強い調子で朗読するので、言葉の響きに驚かされて、その意味に耳を傾けることを考えもしなかったのである。老人の方も劣らず興奮していた。じっとすわっておれなかった。原文の意味を身振であらわしながら、室の中を歩き回っていた。しかし絶えず、子供の書いてる紙面を見にやって来た。クリストフは背中から覗《のぞ》き込んでる二つの大きな頭におびえて、長く舌を出し、もうペンを持つこともできず、眼が曇ってき、あまり字画を引張りすぎたり、あるいはごちゃこちゃに書きちらしたりした――メルキオルは喚《わめ》きたて、ジャン・ミシェルは猛《たけ》りたっていた――そして彼は書き直し、またさらに書き直さなければならなかった。ついに紙の終りまで書いたかと思うと、無瑕《むきず》な紙面に大きなインキの雫《しずく》が落ちかかった。――すると彼は耳を引張られた。わっと泣き出した。しかし紙に汚点がつくので泣くことも許されなかった。――そして、第一行から書取をやり直させられた。一生涯そんなことがつづくのかと思われた。
ついにはおしまいになった。ジャン・ミシェルは暖炉によりかかって、喜びのあまり震え声で、でき上がったものを読み返した。その間メルキオルは、椅子《いす》の上に反り返り、天井を眺めて、頤《あご》をゆすぶりながら、物知り顔に次の捧呈《ほうてい》文の文体を吟味していた。
[#ここから2字下げ]
いと畏《かしこ》き、いと崇高《けだか》き殿下!
四歳のころからして、音楽は私の幼い仕事の第一のものとなり始めました。私の魂を純なる和声《ハーモニー》へ鼓舞してくださる貴いミューズの神と、いったん交わりを結びますると、すぐさま私はミューズの神を愛するようになりました。そしてミューズの神も、私の愛情に報いてくだされたように思われまする。今私は六歳に達しております。そして先ごろから私のミューズの神は、霊感のさなかに幾度となく、私の耳へささやいてくだされました。「あえてせよ、あえてせよ! 汝《なんじ》の魂の和声《ハーモニー》を書けよ!」――私は考えました。「六歳で、どうして私はあえてなされよう! 芸術の識者たちになんと言われるであろう?」――私はためらいました。私は震えました。けれども私のミューズの神は望んでいられます。……私は従いました。私は書きました。
そして今私は、
いと崇高《けだか》き殿下よ!
玉座の階段《きざはし》におこがましくも、私の幼い仕事の処女作を、ささげたいのでありまする。畏《かしこ》き御推賛の情け深き御瞳《おひとみ》を、この処女作の上にくだしたまわらんことを、厚かましくも希《こいねが》いたいのでありまする。
それと申しまするのも、学問と芸術は常に、賢明なるメセーナとして、寛大なる擁護者として、殿下を御仰ぎ奉ったのでありますから。そして才能は、聖《きよ》き御保護の楯《たて》の下に、花を咲かせるのでありまするから。
右の深く確かな信念をいだいておりまする私は、この幼き試作をささげましてあえてお側《そば》へ進みまする。なにとぞ私の尊敬の念の清い捧物《ささげもの》としてお受けくださりませ。そしてお恵みをもちまして、
いと崇高《けだか》き殿下よ!
この作品の上に御眼を垂れたまい、また恭《うやうや》しく御足下に伏し奉る幼き作者の上に、御眼を垂れてくださりませ!
いと畏きいと崇高き殿下の
全き謙譲忠実柔順なる僕《しもべ》、
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]ジャン・クリストフ・クラフト
クリストフの耳には何にもはいらなかった。彼はなし終えたので夢中に喜んでいた。そしてまた書き直させられはすまいかと恐れて、野の中へ逃げ出した。何を書いたのか少しもわからなかったし、またちっとも気にしてはいなかった。しかし老人は、読み終った後、なおよく玩味《がんみ》するためにも一度読み直した。それが済むと、メルキオルも老人もともに、まったくりっぱな出来だと断言した。楽譜の写本といっしょにその手紙をささげられた大公爵も、同じ意見であった。彼は両方ともみごとな技功だと言ってくれた。彼は音楽会を許可し、音楽院の広間をメルキオルの勝手に使用させるよう命じ、またみずから演奏に臨む日には
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