からない……お待ちよ……実際まずい……第一、馬鹿げてるから……そうだ、そのとおりだ……馬鹿げてる、なんの意味もなさない……そこだ。それを書いた時、お前は何もいうべきことをもっていなかったんだ。なぜそんなものを書いたんだい?」
「知らないよ。」とクリストフは悲しい声で言った。「美しい楽曲を書きたかったんだよ。」
「それだ。お前は書くために書いたんだ。偉い音楽家になるために、人からほめられたいために、書いたんだ。お前は高慢だった、お前は嘘《うそ》をついた、それで罰を受けたんだ……そこだ! 音楽では、高慢になって嘘をつけば、いつでも罰を受ける。音楽は謙遜《けんそん》で誠実であることを望む。もしそうでなかったら、音楽はなんだろう? 神様にたいする不信だ、冒涜《ぼうとく》だ、正直な真実なことをいうために美しい歌をわれわれに贈ってくだすった神様にたいしてね。」
彼は子供の悲しみに気がついて、抱擁してやろうとした。しかしクリストフは怒って横を向いた。そしていく日も不機嫌《ふきげん》な顔を見せた。彼はゴットフリートを憎んでいた。――しかし、「あいつは馬鹿だ、何を知るもんか! ずっと賢いお祖父《じい》さんが、僕の音楽を素敵だと言ってるんだ」といくらみずからくり返しても甲斐《かい》がなかった。――心の底では、叔父の方が道理だと彼は知っていた。そしてゴットフリートの言葉は彼のうちに刻み込まれていた。彼は嘘をついたのが恥ずかしかった。
それで、彼はしつこく恨みを含んでいたものの、音楽を書く時には、今やいつでも叔父のことを考えていた。そしてしばしば、ゴットフリートにどう思われるだろうかと考えると恥ずかしくなって、書いてしまったものを引裂くこともあった。そういう気持を押しきって、全然誠実ではないとわかってるある節を書く時には、注意深く叔父に隠していた。彼は叔父の判断をびくびくしていた。そしてゴットフリートが、「さほどまずくはない……気に入った……」と、ただそれだけ楽曲の一つについて言ってくれると、彼は嬉《うれ》しくてたまらなかった。
また時には、意趣返しに、大音楽家の曲調を自分のだと偽って、たちの悪い悪戯《いたずら》をやることもあった。そしてゴットフリートがたまたまそれをけなすと、彼は小躍《こおど》りして喜んだ。しかしゴットフリートはまごつかなかった。クリストフが手をたたいてまわりを喜んではね回るのを見ながら、彼は人のよさそうに笑っていた。そしていつも例の持論に立ちもどった。「それはよく書いてあるかもしれない、しかしなんの意味ももってはいない。」――かつて彼は家で催される小演奏会に臨席するのを好まなかった。楽曲がいかほどりっぱであろうと、彼は欠伸《あくび》をやりだして、退屈でぼんやりしたふうをしていた。やがて辛抱できないで、こっそり逃げ出した。彼はいつも言っていた。
「ねえ、坊や、お前が家の中で書くものは、みんな音楽じゃない。家の中の音楽は、室内の太陽と同じだ。音楽は家の外にあるのだ、神様のさわやかな貴い空気を少しお前が呼吸する時にね。」
彼はいつも神様のことを口にのぼせていた。彼は二人のクラフトと違って、きわめて信仰深かった。二人のクラフト、父と子とは、金曜日の斎日《さいじつ》に肉食することを注意して避けながらも、神を恐れない者だと自任していたのである。
突然メルキオルは、なぜだかわからないが、意見を変えた。祖父がクリストフの逸品を集めてることに賛成したばかりでなく、クリストフが非常にびっくりしたことには、その原稿から二、三の写しをいく晩もかかってこしらえ上げた。それについて人から尋ねられると、彼は勿体《もったい》ぶった様子をして、「今にわかるよ」と答えるきりだった。あるいはまた、笑いながら手をこすったり、戯れらしいふうで子供の頭を強くなでたり、彼の尻《しり》をたたいたりした。クリストフはそういうなれなれしさを非常に嫌《きら》った。しかし父が満足してることはわかっていた。そしてその理由はわからなかった。
それから、メルキオルと祖父との間に秘密な相談が行なわれた。そしてある晩クリストフは、クリストフみずから少年の快楽[#「少年の快楽」に傍点]を大公爵レオポルト殿下にささげたということを聞いて、非常に驚いた。メルキオルは、その敬意を嘉納《かのう》せられる思召《おぼしめ》しが大公爵にあるということを、前から匂わしていた。そこで、得意然たるメルキオルは、一刻も猶予《ゆうよ》なく次のことをしなければならないと宣言した。第一、大公爵に公《おおやけ》の申請をすること――第二、作品を発表すること――第三、その作品を聞かせるために音楽会を催すこと。
メルキオルとジャン・ミシェルとは、なお長い相談をし合った。二晩三晩の間、彼らは勢い込んで論じ合った。だれも
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