世界怪談名作集
貸家
リットン Edward George Earle Bulwer−Lytton
岡本綺堂訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)化《ば》け物《もの》屋敷

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)都合|四間《よま》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
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       一

 わたしの友達――著述家で哲学者である男が、ある日、冗談と真面目と半分まじりな調子で、わたしに話した。
「われわれは最近思いもつかないことに出逢ったよ。ロンドンのまんなかに化《ば》け物《もの》屋敷を見つけたぜ」
「ほんとうか。何が出る。……幽霊か」
「さあ、たしかな返事はできないが、僕の知っているのはまずこれだけのことだ。六週間以前に、家内と僕とが二人連れで、家具付きのアパートメントをさがしに出て、ある閑静な町をとおると、窓に家具付き貸間という札《ふだ》が貼ってある家を見つけたのだ。場所もわれわれに適当であると思ったので、はいってみると部屋も気に入った。そこでまず一週間の約束で借りる約束をしたのだが……。三日目に立ちのいてしまった。誰がどう言ったって、家内はもうその家にいるのは忌《いや》だという。それも無理はないのだ」
「君は何か見たのか」
「別にいろいろの不思議を見たり聞いたりしたわけでもないのだが、家具のないある部屋の前を通ると、なんとも説明することの出来ない一種の凄気《せいき》にうたれるのだ。但《ただ》し、その部屋で何も見えたのではなし、聞こえたのでもないが……。そこで、僕は四日目の朝、その家の番をしている女を呼んで、あの部屋は何分《なにぶん》われわれに適当しないから、約束の一週間の終わるまでここにいることは出来ないと言い聞かせると、女は平気でこう言うのだ。
〈わたしはその訳《わけ》を知っています。それでもあなたがたはほかの人たちよりも長くいたほうです。ふた晩辛抱する人さえ少ないくらいで、三晩泊まっていたのはあなたがたが初めてです。それも恐らくあの連中があなたがたに好意を持ったせいでしょう〉
 なんだかおかしな返事だから、僕は笑いながら〈あの連中とはなんだ〉と訊《き》いてみると、女はまたこう言うのだ。
〈なんだか知りませんが、ここの家《うち》に執《と》り着いている者です。わたしは遠い昔からあの連中を識っています。その頃わたしは奉公人ではなしに、ここの家に住んでいたことがあるのです。あの連中はいずれ私を殺すだろうと思っていますが、そんなことは構《かま》いません。わたしはこの通りの年寄りですから、どの道《みち》やがて死ぬからだです。死ねばあの連中と一緒になって、やはりこの家に住んでいることが出来るのです〉
 いや、どうも驚いたね。女はそんなことを実に怖ろしいほど平気で話しているのだ。僕は薄気味が悪くなって、もう何も話す元気がなくなったので、早《そう》そうに立ち去ってしまった。もちろん約束通りに一週間分の間代《まだい》を払って来たが、そのくらいのことで逃げ出せれば廉《やす》いものさ」
「不思議だね」と、わたしは言った。「そう聞くと、僕はぜひその化け物屋敷に寝てみたいよ。君が不名誉の退却をしたという、その家のありかを後生《ごしょう》だから教えてくれないか」
 友達はそのありかを教えてくれた。彼に別れたのち、わたしはまっすぐにかの化け物屋敷だという家へたずねて行くと、その家はオックスフォード・ストリートの北側で、陰気ではあるが家並《やなみ》の悪くない抜け道にあったが、家はまったく閉《し》め切って、窓に貸間の札もみえない。戸を叩いても返事がない。仕方がなしに引っ返そうとすると、となりの空地にビールの配達が白い金属の鑵《かん》をあつめていて、わたしのほうを見かえりながら声をかけた。
「あなたはそこの家で誰かをお尋《たず》ねなさるんですか」
「むむ。貸家があるということを聞いたので……」
「貸家ですか。そこはJさんが雇い婆さんに一週間一ポンドずつやって、窓の開《あ》け閉《た》てをさせていたんですがね。もういけませんよ」
「いけない。なぜだね」
「その家は何かに祟《たた》られているんですよ。雇い婆さんは眼を大きくあいたままで、寝床のなかに死んでいたんです。世間の評判じゃあ、化け物に絞《し》め殺されたんだと言いますが……」
「ふむう。そのJさんというのは、この家の持ち主かね」
「そうです」
「どこに住んでいるね」
「G町です」と、配達はその番地をも教えてくれた。
 わたしは彼にいくらかの心付けをやって、それから教えられた所へたずねて行くと、主人のJ氏は都合よく在宅であった。J氏はもう初老を過ぎた人で、理智に富んでいるらしい風貌と、人好きのするような態度をそな
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