えていた。
 正直に自分の姓名と職業とを明かした上で、わたしはかの貸間の家に何かの祟りがあるらしく思われるということを話した。そうして、わたしはぜひその家を探険してみたいから、ひと晩でもいいからどうぞ貸してくれまいか。それを承知してくれれば、お望み通りの金を払うと言った。
 J氏はそれに対して、非常に丁寧に答えた。
「よろしゅうございます。あなたのご用の済むまでお貸し申しましょう。家賃などはどうでもかまいません。あの婆さんは宿《やど》なしの貧乏人で養育院にいたのを、わたしが引き取って来たのです。あの婆さんは子供の時にわたしの家族のある者と知り合いであったと言いますし、またその以前は都合がよくって、わたしの叔父からあの家を借りて住んでいたこともあるというので、それらの関係からわたしが引き取って番人に雇っておいたのですが、可哀そうに三週間前に死んでしまいました。あの婆さんは高等の教育もあり、気性もしっかりした女で、わたしが今まで連れて来た番人のうちで無事にあの家に踏みとどまっていたのは、あの女ばかりでした。それが今度死んで、しかも突然に死んだものですから、検視が来るなどという騒ぎになって、近所でもいろいろの忌《いや》な噂を立てます。したがって、そのかわりの番人を見つけるのも困難ですし、もちろん借り手もあるまいと思いますから、今後一年間はその人がすべての税金さえ納めてくれればいいという約束で、無代《ただ》で誰にでも貸そうと考えているのです」
「いったい、いつごろからそんな評判が立つようになったのです」
「それは確かには申されませんが、もうよほど以前からのことです。唯今《ただいま》お話し申した婆さんが借りていた時、すなわち三十年前から四十年前のあいだだそうですが、すでにそのころから怪しいことがあったといいます。わたしが覚えてからでも、あの家に三日とつづけて住んでいた人はありません。その怪談はいろいろですから、いちいちにそのお話をすることは出来ませんし、また、そのお話をしてあなたに何かの予覚をあたえるよりも、あなた自身があの家へ入り込んで直接にご判断なさるほうがよろしかろうと思います。ただ、なにかしら見えるかもしれない、聞こえるかもしれないというお覚悟で、あなたがご随意に警戒をなさればよろしいのです」
「あなたはあの家に、一夜を明かそうというような好奇心をお持ちになったことはありませんか」
「一夜を明かしたことはありませんが、真っ昼間に三時間ほど、たった一人であの家のなかにいたことがあります。わたしの好奇心は満足されませんでしたが、その好奇心も消滅して、ふたたび経験を新たにする気も出なくなりました。と申したら、なぜ十分に探究しないかとおっしゃるかもしれませんが、それにはまた訳《わけ》があるのです。そこで、あなたもこの一件について非常に興味を持ち、また、あなたの神経が非常に強いというのであれば格別、さもなければあの家で一夜を明かすということは、まあ、お考えになったほうがよろしくはないかと思います」
「いや、わたしは非常の興味を持っているのです」と、私は言った。「臆病者はともかくも、わたしの神経はいかなる危険にも馴れています。化け物屋敷でも驚きません」
 J氏も深くは言わないで、用箪笥《ようだんす》から鍵をとり出して私に渡してくれた。その腹蔵《ふくぞう》のない態度にわたしは衷心《ちゅうしん》から感謝し、また、わたしの希望に対して紳士的の許可をあたえてくれたことをも感謝して、わたしは自分の望むものを手に入れることになった。そうなると気が急《せ》くので、わたしはひとまず我が家へ戻るやいなや、日ごろ自分が信用しているFという雇い人を呼んだ。彼は年も若いし、快活で、物を恐れぬ性質で、わたしの知っている中では最も迷信的の偏見《へんけん》などを持っていない人間であった。
「おい、おまえも覚えているだろう」と、わたしは言った。「ドイツにいるときに、古い城のなかへ首のない化け物が出るというので、その幽霊を見つけに行ったところが、何事もないので失望したことがある。ところが、今度はお望み通り、ロンドンの市中で確かに化け物の出る家のあることを聞いたのだ。おれは今夜そこへ泊まりに行くつもりだ。おれの聞いたところによると、そこの家には確かに何かが見えるか聞こえるかするのだ。その何かがすこぶる怖ろしい物らしい。そこで、おまえが一緒に行ってくれれば、何事が起こっても非常に気丈夫だと思うのだが、どうだろう」
「よろしい、旦那。わたくしをお連れください」と、彼は歯をむき出して愉快そうに笑った。
「では、ここにその家《いえ》の鍵がある。これがその所在地だ。これを持ってすぐに行って、おまえのいいと思う部屋へおれの寝床を用意しておいてくれ。それから幾週間も空家《あきや》になってい
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