ったらしい。それから座敷へ通ると、ここは新しくて綺麗であった。そこへはいって、わたしは肘かけ椅子に倚《よ》ると、Fは蝋燭立てをテーブルの上に置いた。わたしにドアをしめろと言いつけられて、彼が振りむいて行ったときに、わたしの正面にある一脚の椅子が急速に、しかもなんの音もせずに壁の方から動き出して、わたしの方から一ヤードほどの所へ来て、にわかに向きを変えて止まった。
「ははあ、これはテーブル廻しよりもおもしろいな」と、わたしは半分笑いながら言った。
 そうして、わたしがほんとうに笑い出したときに、わたしの犬はその頭をあとへひいて吠《ほ》えた。
 Fはドアをしめて戻って来たが、椅子の一件には気がつかないらしく、吠える犬をしきりに鎮めていた。わたしはいつまでもかの椅子を見つめていると、そこに青白い靄《もや》のようなものが現われた。その輪郭《りんかく》は人間の形のようであるが、わたしは自分の眼を疑うほどにきわめて朦朧たるものであった。犬はもうおとなしくなっていた。
「その椅子を片付けてくれ。むこうの壁の方へ戻して置いてくれ」と、わたしは言った。
 Fはその通りにしたが、急に振りむいて言った。
「あなたですか。そんなことをしたのは……」
「わたしが……。何をしたというのだ」
「でも、何かがわたくしをぶちました。肩のところを強くぶちました。ちょうどここの所を……」
「わたしではない。しかし、おれたちの前には魔術師どもがいるからな。その手妻《てづま》はまだ見つけ出さないが、あいつらがおれたちをおどかす前に、こっちがあいつらを取っつかまえてやるぞ」
 しかし、私たちはこの座敷に長居することはできなかった。実際どの部屋《へや》も湿《しめ》っぽくて寒いので、わたしは二階の火のある所へ行きたくなったのである。私たちは警戒のために座敷のドアに錠《じょう》をおろして出た。今まで見まわった下の部屋もみなそうして来たのであった。
 Fがわたしのためにえらんでおいてくれた寝室は、二階じゅうでは最もよい部屋で、往来にむかって二つの窓を持っている大きい一室であった。規則正しい四脚の寝台が火にむかって据えられて、ストーブの火は美しくさかんに燃えていた。その寝台と窓とのあいだの壁の左寄りにドアがあって、そこからFの居間になっている部屋へ通ずるようになっていた。
 次にソファー・ベッドの付いている小さい部屋があって、それは階段の昇《あが》り場になんの交通もなく、わたしの寝室に通ずるただ一つのドアがあるだけであった。
 寝室の火のそばには、衣裳戸棚が壁とおなじ平面に立っていて、それには錠をおろさずに、にぶい鳶《とび》色の紙をもっておおわれていた。試みにその戸棚をあらためたが、そこには女の着物をかける掛け釘があるばかりで、ほかには何物もなかった。さらに壁を叩いてみたが、それは確かに固形体で、外は建物の壁になっていた。
 これでまず家じゅうの見分《けんぶん》を終わって、わたしはしばらく火に暖まりながらシガーをくゆらした。この時まで私のそばについていたFは、さらにわたしの探査を十分ならしめるために出て行くと、昇り口の部屋のドアが堅くしまっていた。
「旦那」と、彼は驚いたように言った。「わたくしはこのドアに錠をおろした覚えはないのです。このドアは内から錠をおろすことは出来ないようになっているのですから……」
 その言葉のまだ終わらないうちに、そのドアは誰も手を触れないにもかかわらず、また自然にしずかにあいたので、私たちはしばらく黙って眼を見あわせた。化け物ではない、何か人間の働きがここで発見されるであろうという考えが、同時に二人の胸に浮かんだので、わたしはまずその部屋へ駈け込むと、Fもつづいた。
 そこは家具もない、なんの装飾もない、小さい部屋で、少しばかりの空き箱と籠《かご》のたぐいが片隅にころがっているばかりであった。小さい窓の鎧戸《よろいど》はとじられて、火を焚くところもなく、私たちが今はいって来た入り口のほかには、ドアもなかった。床には敷物もなく、その床も非常に古くむしばまれて、そこにもここにも手入れをした継ぎ木の跡が白くみえた。しかもそこに生きているらしい物はなんにも見えないばかりか、生きている物の隠れているような場所も見いだされなかった。
 私たちが突っ立って、そこらを見まわしているうちに、いったんあいたドアはまたしずかにしまった。二人はここに閉じこめられてしまったのである。

       二

 私はここに初めて一種の言い知れない恐怖のきざして来るのを覚えたが、Fはそうではなかった。
「われわれを罠《わな》に掛けようなどとは駄目《だめ》なことです。こんな薄っぺらなドアなどは、わたしの足で一度蹴ればすぐにこわれます」
「おまえの手であくかどうだか、まず試《ため》して
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