をかがめて、もう一度繰り返して言ったが、老夫人はやはり黙っていた。
「あなたは、わたくしの一生の幸福を保証して下さることがお出来になるのです」と、ヘルマンは言いつづけた。「しかも、あなたには一銭のご損害をお掛け申さないのです。わたくしはあなたが勝負に勝つ切り札をご指定なさることがお出来になるということを、聞いて知っておるのです」
 こう言って、ヘルマンは言葉を切った。夫人がようやく自分の希望を諒解《りょうかい》して、それに答える言葉を考えているように見えたからであった。
「それは冗談です」と、彼女は答えた。「ほんの冗談に言ったまでのことです」
「いえ、冗談ではありません」と、ヘルマンは言い返した。「シャプリッツキイを覚えていらっしゃるでしょう。あなたはあの人に三枚の骨牌《かるた》の秘密をお教えになって、勝負にお勝たせになりましたではありませんか」
 夫人は明らかに不安になって来た。彼女の顔には烈《はげ》しい心の動揺があらわれたが、またすぐに消えてしまった。
「あなたは三枚の必勝骨牌をご指定なされないのですね」と、ヘルマンはまた言った。
 夫人は依然として黙っていたので、ヘルマンは更に言葉をつづけた。
「あなたは、誰にその秘密をお伝えなさるおつもりですか。あなたのお孫さんにですか。あの人たちは別にあなたに秘密を授けてもらわなくとも、有りあまるほどのお金持ちです。それだけに、あの人たちは金の価値を知りません。あなたの秘密は金使いの荒い人には、なんの益するところもありません。父の遺産を保管することの出来ないような人間は、たとい悪魔を手先に使ったにしても、結局はあわれな死に方をしなければならないのでしょう。わたくしはそんな人間ではございません。わたくしは金の値《あた》いというものをよく知っております。あなたもわたくしには、三枚の切り札の秘密をお拒《こば》みにはならないでしょう。さあ、いかがですか」
 彼はひと息ついて、ふるえながらに相手の返事を待っていたが、夫人は依然として沈黙を守っているので、ヘルマンはその前にひざまずいた。
「あなたのお心が、いやしくも恋愛の感情を経験していられるならば……」と、彼は言った。「そうして、もしもその法悦をいまだに覚えていられるならば……。かりにもあなたがお産みになったお子さんの初めての声にほほえまれた事がおありでしたらば……。いやしくも人間
前へ 次へ
全30ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
プーシキン アレクサンドル・セルゲーヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング