ネ淫楽に汚れた心と不浄な手とを以てしては、到底基督の体に触れる事が出来なかつた。わしは此懶い幻惑の力に圧へられるのを免れようとして、先づ眠に陥るのを防がうと努力した。そこでわしは指で瞼を開いてゐたり、数時間も真直に壁に倚り懸《かかつ》てゐたりして、全力を振つて眠と戦つて見たのである。けれ共睡魔は絶えずわしの眼を襲つて、凡ての抵抗が無駄になつたと思ふと、わしは極度の疲労に堪へずして、両腕を力なく下げたまゝ、再び睡の潮流に楽慾の彼岸に運ばれて了ふ。セラピオンは、峻烈を極めた訓戒を加へて、厳しくわしの意気地の無いのと、勇猛心の不足なのとを責めたが、遂に或日、わしが平素より一層心を苦しめてゐると、わしにかう云つてくれた。「此不断の呵責《かしやく》を免れることの出来るのは、唯、一策がある許りぢや。尤も非常に出た策だと云ふ嫌はあるが役には立つに相違ない。難病は劇薬を要すると云ふものぢや。わしはクラリモンドの埋められた処を知つてゐるし、それにはあの女の屍《しかばね》を発《あば》いて、お前の恋する女がどのやうな憐な姿になつてゐるかを見なければならぬ。さうすればお前も、蛆に食はれた、塵になるばかりの屍の
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