トしまつた。
もう疑の余地はない。僧院長《アベ》セラピオンが正しかつたのである。が、此積極的な知識があるにも拘らず、わしはクラリモンドを愛するのを禁ずる事が出来なかつた。そして喜んで其人工の生命を与へるに足る丈の血潮を、自ら進んで与へようと思つた。加之《しかのみならず》、わしは殆ど彼女を怖しく思はなかつた。わしはわしの血を一滴づつ取引《とりひき》するよりも、わしの腕の血管を自ら剖《さ》いて、彼女にかう云つてやりたかつた。「お飲み、さうしてわしの愛をわしの血潮と一しよに、お前の体《からだ》に滲透《しみとほ》らせておくれ。」わしは、彼女がわしに拵へてくれた魔酔の酒の事や、あの留針の出来事には、気をつけて一言もそれに及ばないやうにした。そしてわし達は最も円満な調和を楽しんでゆく事が出来たのである。
けれ共、わしの沙門らしい優柔は、常よりも一層、わしを苛《さいな》み始めた。そしてわしは、わしの肉を苦しめ制する為に、何か新しい贖罪を発明するのさへ、想像するに苦しむやうになつた。是等の幻は無意志的なもので、わしは実際それに関する何事にも与らなかつたがそれでも猶、わしは事実にせよ夢幻にせよ、此様
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