ニ着物の着方を教へながら、時にわしの不器用なのに呆れては噴き出してしまふのである。それがすむと今度は急いでわしの髪をなでつけてくれる。それもすむと、ヴェネチアの水晶に銀の細工の縁をとつた懐中鏡を、わしの前へ出して、面白さうにかう尋ねる。「どんなに見えて? 私を|お附き《ヴァレエ・ド・シャムブル》にかゝへて下すつて?」
わしはもう、何時《いつ》ものわしではない。そして自分でさへこれが自分とは思はれない。云はゞ今のわしが、昔のわしに似てゐないのは、出来上つた石像が、石の塊に似てゐないのと同じ事なのである。わしの昔の顔は、鏡に映つた今の顔を下手な画工の描き崩した肖像のやうに思はれた。わしは美しい。わしの虚栄心は此変化に心からそゝられずにはゐられなかつた。美しく刺繍をした袍はわしを全くの別人にしてしまつたのである。わしは或型通りに断《た》つてある五六尺の布がわしの上に加へた変化の力を、驚嘆して見戍《みまも》つた。わしの衣裳の精霊は、わしの皮膚の中に滲み入つて、十分たつかたたぬ中にわしはどうやら一廉《ひとかど》の豪華の児になつてしまつた。
此新衣裳に慣れようと思つて、わしは室の中を五六度歩い
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