ト見た。クラリモンドは花のやうな快楽を味ひでもするやうに、わしを見戍りながら、さも自分の手際《てぎは》に満足するらしく思はれた。「さあ、もう遊ぶのは沢山よ、ロミュアル、これから出かけるのよ。私達は遠くへ行かなければならないのだわ。さうして遅れちやあいけないのだわ。」彼女はわしの手を執つて、外へ出た。戸と云ふ戸は、彼女が手をふれると忽ちに開くのである。わし達は犬の眼もさまさずに其の側を通りぬけた。
門口でわしは、前にわしの護衛兵だつた、あの黒人の扈従のマルゲリトンを見た。彼は三頭の馬の轡を控へてゐる――三頭共、わしをあの城へ伴れて行つた馬のやうに黒い。一頭はわしの為、一頭は彼の為、一頭はクラリモンドの為である。是等の馬は、西風の神の胎をうけた牝馬が生んだと云ふ西班牙馬《スペインうま》に相違ない。何故と云へば彼等は風のやうに疾《はや》いからである。門を出る時に丁度東に上つて路上のわし達を照した明月は戦車から外れた車輪のやうに、空中を転げまはつて、右の方、梢から梢へ飛び移りながら、息を切らしてわし達に伴《つ》いて来る。間も無く一行はとある平野に来た。其処には四頭の大きな馬に曳かせた馬車が一
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