ス時立つの。」
「明日《あした》、明日。」とわしは夢中になつて叫んだ。
「ぢや明日にするわ。其間に御化粧をかへる事が出来てね。これでは少し薄着だし、旅をするにはをかしいわ。それから、私を死んだと思つて此上もなく悲しがつてゐるお友達に知らせを出さなければならないわ。お金に着物に馬車に――皆支度が出来てゐてよ。私、今夜と同じ時刻にお尋ねするわ。さやうなら。」彼女は軽く唇を、わしの額にふれた。ランプは消えて、帳が元のやうに閉されると、凡てが又暗くなつた。と、鉛のやうな、夢も見ない眠りがわしの上に落ちて、次の朝迄、わしを前後を忘れさせてしまつたのである。
 わしは何時ものやうに朝遅く眼をさました。そして其不思議な出来事の回想が終日、わしを煩した。わしは遂にそれを、わしの熱した空想が造つた靄のやうなものだと思ひ直した。が、其感覚が余りに溌剌としてゐるので、其事実でない事を信ずるのは、甚しく困難であつた。そしてわしは来るべき事実に対する多少の予感を抱きながら、凡ての妄想を払つて、清浄な眠を守り給はむ事を神に祈つた後に、遂に床に就いたのであつた。わしは直に深い眠りに落ちた。そしてわしの夢も続けられた
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