ケね、私は貴方の心をすつかり私の有《もの》にする事が出来ないのね。貴方が接吻で生かして下すつた私――貴方の為に利の門を崩して、貴方を仕合せにしてあげたいばつかりに、命を貴方に捧げてゐる私。」
 彼女の話は、悉く最も熱情に満ちた撫愛に伴はれた。其撫愛はわしの感覚と理性とを悩ませて、わしは遂に彼女を慰める為に、恐しい涜神の言を放つて、神を愛する如く彼女を愛すると叫ぶのさへ憚らないやうになつた。
 すると、彼女の眼は、再び緑玉髄《エメラルド》の如く輝いた。「ほんたう?――ほんたうに?――神様と同じ位。」彼女は其美しい胸にわしを抱きながら叫んだ。「それなら、貴方、私と一しよにいらつしやるわね、どこへでも私の好きな処へついていらつしやるわね、貴方はもう、あの醜い黒法衣を投げすてゝおしまひなさるのよ。貴方は騎士の中で、一番偉い、一番羨まれる騎士におなりになるのよ、貴方は私の恋人だわ。法王の云ふ事さへ聞かなかつたクラリモンドの晴れの恋人になるのだわ。少しは得意に思ふやうな事ぢやあなくつて。あゝ、美しい、何とも云へぬ程仕合せな生涯を、うるはしい、黄金色《こがねいろ》の生活を、二人で楽むのね。さうして、
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