рフ手の掌《ひら》は傷だらけぢやありませんか。手を接吻して頂戴。さうすれば屹度|癒《なほ》るわ。」彼女は冷い手の掌《ひら》を代り/″\わしの口に当てた。わしは何度となくそれを接吻した。其間も彼女は、溢るゝ許りの愛情の微笑《ほゝゑみ》をもらして、わしをぢつと見戍《みまも》つてゐるのである。
わしは恥しながら白状する。此時わしは僧院長《アベ》セラピオンの忠告もわしの服してゐる神聖な職務も悉く忘れてしまつた。わしは何の抵抗もせずに、一撃されて堕落に陥つてしまつたのである。クラリモンドの皮膚の新たな冷さはわしの皮膚に滲み入つて、わしが淫慾のをのゝきが、全身を通ふのを感ぜずにはゐられなかつた。わしが後《あと》に見た凡ての事があるのにも拘らず、わしは今も猶彼女が悪魔だとは殆ど信じる事が出来ない。少くも彼女は何等さうした姿を示さなかつた。悪女がこの様に巧に其爪と角とを隠した事は、嘗て無かつた事に相違ない。彼女は床をあげて寝台の縁《ふち》に坐りながら、しどけない媚に満ちた姿をして、時々小さな手をわしの髪の中に入れては、どうしたらわしの顔に似合ふかを見るやうに、わしの髪を撚《よ》つたり捲《ま》いたりし
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