フである。
彼女はランプを卓の上へのせて、わしの寝床の後に坐つた。それからわしの上に身をかゞめて、銀のやうに冴えてゐる、しかも天鵞絨のやうにやさしく柔かい声で、かう云つた。其声は彼女を除いては誰の唇からも聞く事の出来ぬやうな声である。
「貴方を随分長い間待たせて置いてね。ロミュアル、私が貴方の事を忘れてしまつたのだと思つたでせう。でも私は遠い処から来たのよ、それはずうつと遠い処なの。其処へ行つた者は誰でも帰つて来た事の無い国なの。さうかと云つてお日様でもお月様でもないのよ。唯、空間と影ばかりある処なの、大きな路も小さな路もない処でね。踏むにも地面のない、飛ぶにも空気のない処なの。それでよく此処へ帰つて来られたでせう。何故と云へば恋が『死』より強いからだわ。恋がしまひには『死』を負かさなければならないからだわ。まあ、此処へ来る途中で、何と云ふ悲しい顔や、恐しい物を見たのでせう。唯意志の力だけで又此大地の上へ帰つて来て、体を見附けて其中へはひる迄に、私の霊魂は何と云ふ苦しい目に遭つたでせう。私を掩つて置いた重い石の板を擡げる迄に、何と云ふ苦労をしなければならなかつたでせう。ごらんなさい、
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