Q台の上へ横になつてゐた。先住の老犬が、夜着の外へ垂れたわしの手を舐めてゐる。バルバラは老年と不安とでふるへながら、抽斗《ひきだし》をあけたりしめたり、杯の中へ粉薬を入れたりして、忙しく室の中を歩きまはつてゐる。が、わしが眼を開いたのを見ると彼女が喜びの叫を上げれば、犬も吠え立てゝ尾を掉つた。けれどもわしは未だ疲れてゐたので、一口もきく事も出来なければ、身を動かす事も出来なかつた。其後はわしは、わしが微かな呼吸の外は生きてゐる様子もなく、此儘で三日間寝てゐたと云ふ事を知つた。其三日間はわしは殆ど何事も記憶してゐない。バルバラは、わしが牧師館を出た夜に訪《たづ》ねて来たのと同じ銅色《あかがねいろ》の顔の男が、次の朝、戸をしめた輿にのせてわしを連れて来て、それから直ぐに行つてしまつたと云ふ事を聞いた。わしがきれ/″\な考を思合せる事が出来るやうになつた時に、わしは其恐しい夜の凡ての出来事を心の中に思ひ浮べた。わしは初め或魔術的な幻惑の犠牲になつたのだと思つたが、間も無く夫《そ》れでも真実な適確な事実とする事の出来る他の事情を思出したので、此考を許す事も出来なくなつて来た。わしは夢を見てゐた
前へ 次へ
全68ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーチェ テオフィル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング