B彼女の眼は開いて、先きの日の輝きを示してくれる。しかも長い吐息をついて、組んでゐた腕をほどくと、溢るゝばかりの悦びを顔に現して、わしの頸を抱きながら「あゝ貴方ね、ロミュアル。」と呟いてくれる。竪琴の最後の響のやうな、懶い美しい声である。「何が悲しいの。余り長い間貴方を待つてゐたから死んだのだわ。けれど私たちはもう結婚の約束をしたのだわね。もう貴方に会ひにも行かれるわ。左様なら。ロミュアル、左様なら。私は貴方に恋をしてゐるのよ。私の話したい事はそれだけなの。貴方の接吻で一寸の間かへつて来た命を、貴方に返してあげませうね。また直《ぢき》にお目にかゝつてよ。」
 彼女の頭は垂れた。腕は猶、わしを引止めるやうに、わしを抱いてゐる。其時凄じい旋風が急に窓を打つて、室の中へはいつた。すると白薔薇の最後の一葩《ひとひら》は暫く茎の先で、胡蝶の羽の如くふるへてゐたが、それから茎を離れて、クラリモンドの魂をのせたまゝ、明けはなした窓から外へ翻つて行つてしまつた。と、燈火が消えた。そしてわしは、美しい死人の胸の上へ気を失つて倒れてしまつたのである。
 正気に帰つて見ると、わしは牧師館の小さな室の中にある
前へ 次へ
全68ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーチェ テオフィル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング