ゥてゐれば見てゐる程、わしには、「生」がこの美しい肉体を永久に去つたと云ふ事が信じられなくなつて来た。所が燈火《ともしび》の光の反射かそれはわしにも解らないが、(彼女はぢつと動かずにはゐるけれど)其命の無い青ざめた皮膚の下では、再び血液の循環が始つたやうに思はれた。わしは軽くわしの手を、彼女の腕の上に置いて見た。勿論それは冷かつた。が、あの寺院の玄関で、わしの手に触れた時よりも冷たくはないのである。わしは再び彼女の上にうつむいて、温かな涙の露に彼女の頬を沾した。あゝ、わしはぢつと彼女を見守りながら、如何なる絶望、自棄の苦悶に、如何なる不言の懊悩に堪へなければならなかつたであらう。わしは徒にわしの生命を一塊の物質に集めてそれを彼女に与へたいと思つた。そして彼女の冷かな肉体に、わしを苛《さいな》む情火を吹き入れたいと思つた。が夜は次第に更けて行つた。わしは永別の瞬間が近づくのを感じながらも、猶わが唯一の恋人なる彼女の唇に、接吻を印してゆく最後の悲しい快楽を、棄てる事が出来なかつた……と奇蹟なるかな、かすかな呼吸はわしの呼吸に交つて、クラリモンドの口は、わしの熱情に溢れた接吻に応じたのである
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