フだとは信じられない。何故と云へばバルバラもわしと同じやうに、二頭の黒馬をつれた見知らぬ男を見て、其男の形なり風采なりを、正確に細かい所迄述べる事が出来たからである。其癖、わしがクラリモンドに再会した城の様子に合ふやうな城の、此近所にある事を知つてゐる者も一人も無い。
或朝、わしはわしの室で僧院長《アベ》セラピオンに会つた。バルバラもわしの病気だと云ふ事を告げたので、急いで見舞に来てくれたのである。急いで来てくれたのは、彼から云へばわしに対する愛情ある興味を証拠立てゝゐるのであるが、其訪問は、当然わしの感ずべき愉快さへも与へてくれなかつた。僧院長《アベ》セラピオンはその凝視の中に、何処となく洞察を恣《ほしいまま》にするやうな、審問をしてゐるやうな様子を備へてゐるので、わしは非常に間《ま》が悪かつた。彼と対《むか》ひあつてゐる丈でも、わしは当惑と有罪の感じを去る事が出来ないのである。一目見て彼は、わしの心中の苦痛を察したのに違ひない。わしは実に此洞察力の為に彼を憎んだのであつた。
彼は偽善者のやうな優しい調子でわしの健康を尋ねながら、絶えず其獅子のやうな黄色い大きな眼をわしの上に注い
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