竄オた。「これが本当にクラリモンドであらうか、之が彼女だと云ふ何んな証拠があるだらうか。あの黒人の扈従は外の貴夫人に傭はれたのではないだらうか。この様に独りで苦しがつてゐては、屹度わしは気が狂ふのに相違ない。」けれども、わしの心臓ははげしく動悸を打ちながら、かう答へる。
「之が彼女だ。確に彼女だ。」わしは再び寝台に近づいた。そして再び注意して、疑はしい屍体を凝視した。あゝ、わしは之も白状しなければならないであらうか。其すぐれた肉体の形の完全さは、「死」の影で浄められてゐるとは云へ、常よりも更に淫惑な感じを起さしめた。そして又、其安息が何人も「死」とは思はぬほど、眠りによく似てゐるのである。わしは、此処へ葬儀を勤めに来たと云ふ事も忘れてしまつた。いや寧ろ花嫁の閨へはひつた花婿だと想像した。花嫁はしとやかに、美しい顔を隠して、羞しさに姿を残る隈なく掩はうとしてゐるのである。わしは胸も裂けむ許りの悲しみを抱きながら、しかも物狂はしい希望にそゝられて、恐怖と快楽とにをのゝきながら、彼女の上に身をかゞめて、経帷子の端に手をかけた。そして、彼女の眠を醒ますまいと息をひそめながら其経帷子を上げて見た
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