が、あるいは、きょう明日にも、気が狂うかも知れない。見給え。あの方船《はこぶね》の生存者たちは、すでに気が狂っているではないか」なるほど、彼等は、もう沈着、自制を失って、甲板上で、狂おしく泣き叫びながら、お互の身体《からだ》を引掻《ひっか》いたり、叩《たた》き合ったりしている。
「おお、あいつ等は、もう気が狂いかけたのか」
僕は、暗然となった。僕等もまた、ほどなく、気が狂い、心臓が破裂して、幽霊船と、運命を倶《とも》にするのか。
恐ろしい一夜が明けた。
幽霊船は、相変らず、大渦巻の中心を、独楽《こま》のように、急速度に回転している。
睡眠不足と、心理的な疲労のために、僕は、まだ正気なのかどうかを疑って、四辺《あたり》を見廻した。
二老人も、陳君も、ゆうべと同じ箇処で、宿命の死を待っている。彼方《かなた》の中甲板をみると、約半数は、すでに気を失って、海賊たちの屍骸《しがい》に折重って斃《たお》れ、あとの半数は、わずかに手足を動かして藻掻《もが》いているが、もう正気の沙汰《さた》ではない。
僕は、しかし正気だ。まだまだへこ垂《た》れない。陳君はと見ると、彼も、唇を噛《か》みしめ
前へ
次へ
全97ページ中81ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺島 柾史 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング