のうえで、意識を取返すなんか、有りうべからざることだ。
 夢ではないかとおもったが、夢ではない証拠に、左胸部の創《きず》が、烈《はげ》しく痛んでいる。咽喉《のど》が渇いて、相当に高熱だ。
「奇蹟《きせき》だ!」陳君は、おもわず呟くと、
「いや、奇蹟ではない。科学の勝利じゃ」
 と、応えるものがあった。顔をあげてみると、ベッドの傍《そば》で白衣《びゃくえ》白髪の怪老人が葉巻をくわえながら、薄笑《うすわらい》をうかべている。
「あッ!」
「驚くことはいらぬ。わしは、亡霊ではない。このとおり、足もくっついているよ。ハ……」
「あなたは、何処《どこ》から来たのです?」
「わしは、元からこの船にいたよ。このどろぼう[#「どろぼう」に傍点]船の船医じゃ」
「山路君は?」
「わしに怖《おそ》れて、海へ飛込んで死んだよ」
「えッ! では、豹《ひょう》のような水夫は? 僕をピストルで射殺したあの水夫は……」
「あれも、ボーイと一緒に、海へ飛込んだ。いまごろもう、鱶《ふか》の餌食《えじき》になったことだろう」
「では、もうこの船には?」
「そうじゃ、おまえと、わしと二人きりじゃ」
「僕は、ほんとうに生きて
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