中に投げ込まれようとした一刹那《いっせつな》、
「待て、待ちたまえ」と、皺枯《しわが》れ声が、人々の背後にあった。雑役夫たちは、麻袋をふたたび氷の上に置いた。皺枯れ声の主は、
「その少年を、海へ叩き込むのは、いつでも出来るじゃろ。何しろ、この島じゃ、逃げも隠れも出来まいから、労働を強いてさんざ使ったあとで、海へ棄てても遅くはあるまい」と、云った。
「うん、それもそうだ」青年技師の声だ。
僕は、麻袋からつまみ出された。大理石のような硬い氷の上に立って、ひょいと見ると、皺枯れ声の主というのは、中国服を着て、木沓《きぐつ》をはいた老人だが、中国人ではないらしい。彼は、僕の顔をじろじろ見ていたが、
「とにかく、この少年を、わしの研究室で使うことを許してもらおう。なかなか怜悧《りこう》そうな少年だ」
こう云って、僕の肩を、枯枝のような細い手でつかんで、よろよろと歩きだした。僕は、この老人を、信じてよいのか悪いのかわからなくなったが、とにかく、危い瀬戸際に、少しでも生命を延してくれたので、感謝してもいいとおもった。
研究室は、同じ白堊の建物で独立していた。その一室へ、僕を連込んだ老人は、
「
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