と、急いで船首を急回転させようと焦った。
が、魔の海の潮流に逆うことは不可能だった。船は、急湍に乗り、ぐんぐん魔海に進んでいる。コンパスは狂いつづけ、舵機《だき》や、スクリウは、僕の命令に従わない。僕は、把手《ハンドル》から手を離し、呆然《ぼうぜん》として腕組みした。
そこへ、老博士や、怪老人や、船に収容した生残りの技術員たちが駈《か》けつけて来た。
「どうしたのだ」
「運転士! どうしたんだ」
人々は、口々に叫んでいる。僕は、悲痛な声をしぼって、
「船が、おそろしい潮流に乗ったのです。魔海の底に引《ひき》ずられて往きます」
「えッ!」人々はおどろいて前方へ視線を投げた。
おお急湍のような潮流の落つくところは、まさしく魔の海。そこは海洋の真只中《まっただなか》の大鳴門《おおなると》だ。約一海里平方ぐらいの海が、大渦巻をなして、轟々《ごうごう》と物凄《ものすご》いうなりをあげている。「あッ! 大渦巻だ!」「人をも、船をも、一呑みにする魔の海だ」
生残りの技術員たちは、口々に叫んで、船橋《ブリッジ》から転げ落ちるように、甲板に降りて、なおも、
「大渦巻だ!」
「救《たす》けてくれ!」
と、狂おしく叫び、右往左往している。さすがに、二人の科学者は、自若《じじゃく》として、一語も発せず、前方に横《よこた》わる物凄い大鳴門に、じいと眼を据《す》えた。
「博士。あなたは、この船の船首を転回させる方法を考えているのですか」
怪老人の生理学者は、ようやく口を開いた。
「いや、わしも、手の下しようがなく、呆然としているよ。しかし、何という壮観だろう。あの大きな渦巻は……」
「まったく。太平洋の真ン中に、こんな大鳴門《おおなると》があるとはおもわなかった。潮流は、四方から、急流をなして、あの大渦巻に、吸寄せられているさまは、見事なものですな……」
人々の驚愕《きょうがく》、悲鳴をよそに、二人の科学者は、泰然として、世にも不思議な海洋中の大渦巻に見惚《みと》れている。僕は、恐怖を忘れて、二老人の顔をみた。
おお、そういううちにも、狂おしい潮流は、いよいよ急激に、凄《すさ》まじい唸《うな》りをあげて、魔の海の大渦巻の中へ、幽霊船|虎丸《タイガーまる》を、一呑みにとばかり、引《ひき》ずり込んで往く。今度こそは、万事休矣《ばんじきゅうす》!
五 海洋の大渦巻
狂う人々
僕等を乗せた幽霊船は、不思議な大鳴門に吸い込まれ、大きく輪を描いて、ぐるぐる船首を独楽《こま》のように回転しはじめた。
一海里平方もあろうという大渦巻だから、外側をぐるぐる廻っているあいだは、甲板にある僕等も、さほど怖《おそ》ろしいとはおもわないが、だんだん内側の方へ吸い寄せられ、大渦巻の中心点をぐるぐる回転するようになると、その速度が、あまり迅《はや》く、めまぐるしくなって、甲板に立っていられなくなった。
「おお」「おお」技術員たちは、甲板に腹匍《はらば》いになり、半狂乱になって、哀叫している。
僕も、陳《チャン》君も、二人の科学者も、甲板に立っていられないので、それぞれ柱や、縄《ワイヤー》に取《とり》すがり、振落されるのを避けながら、互に顔を見合った。
急速度の回転のために、何だか頭が狂いそうだ。このまま気が遠くなって死んでしまうにちがいない。空も、海も、船も、人も、ぐるぐる狂い廻っているので、頭の中も、心臓も、血も、ぐるぐる狂い廻っているようだ。
「諸君、このままだと、われわれの生命《いのち》は、三日と保つまい。人間の肉体は、この急速度に対抗できても、心理的に疲れて、気が狂うか、もしくば心臓が破裂するだろう。まず、宿命とあきらめるのだね」生理学者の怪老人は、檣《マスト》から張られた縄に取《とり》すがりながら、冷たい言葉を吐いた。
「機関《エンジン》をうんとかけて、渦巻の反対の方向へ舵機《だき》を廻したら、少しは、急速度な回転を緩めることは出来ませんか」陳君は、機関士らしいことを云った。
「それは、徒労さ。この物凄《ものすご》い渦巻に反抗してみろ。舵機はまたたくまに折れ、船も真二つになりかねないよ」物理学者らしい老博士の答えだ。
「幽霊船と運命を倶《とも》にしたくないなら、この船を脱《のが》れることだね」陳君は僕に囁《ささや》いた。
「この魔の海を、どうして脱することが出来る?」
「さア、そいつは、僕の頭では考えられない。……あなたは、この幽霊船を脱することを、思案しているのではないのですか」陳《チャン》君は、怪老人に訊《たず》ねた。生理学者は、歯のない口を開いて笑った。
「ハハハハハ。心臓の入替なら、いつでも御用に応ずるが、宿命の大渦巻を脱れる工夫は、わしの手腕力量ではないね」「ほんとうに、絶望ですか」
「そうだね。三日間の生命といった
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