いるのですか」
「ハ……。疑うのも無理はない。心臓を射貫かれ、死んだはずのおまえが、そこに生きているのだからなア……」
「誰が、僕を生《い》かしてくれたのです」
「生かしてもらって、不服かな」
「いいえ、感謝します」
「生かしてあげたのはわしだが、わしに感謝するより、科学の偉力そのものに感謝したがいい」
「あなたは、僕の胸を手術してくれたのですか」
「そうじゃ。おまえの、砕かれた心臓を、海へすて、あの大男の安南人《あんなんじん》の心臓を、移植してやったのさ。おまえの心臓は、あの大男から貰《もら》ったのじゃ」
「えッ! それじゃ、僕のこの心臓は、安南人《あんなんじん》の心臓なのですか」
「不満かな……。いや、不満とは云わさんぞ。犬の心臓と取替えたのではないからのう。ハ……」
「あなたは、死んだ人間を、勝手に生かすことが出来るのですね」
「そうじゃ。死んだ人間を生かすことが出来るが、生きた人間を殺しはせん。わしは、本国ドイツにいたころから、心臓移植の実験を、しばしば動物によって試みたものだが、人間を試みたのが、こんどが初めだったのさ」
「心臓移植は、あなたが初めて試みられたのですか」
「まず、そうじゃ。しかし、一九三三年に、ポロニーという学者が、一女性の腎臓を摘出して、新しい屍体《したい》の腎臓を移植して、毒死の危急を救ったことがある。いや、その翌年には、フイラトフという学者が、新しい屍体の眼球を摘出して、十一年間も失明していたある女に移植して成功したという事実もあるのじゃから、わしの心臓移植も、けっして珍しい手術ではあるまい」
「でも、奇蹟《きせき》です。そして、神の業です」
「おだてるなよ、わしは、奇蹟を信じない科学者だからのう。ハ……」
亡霊か悪魔か
怪老人は、妙技を揮《ふる》って屍体を生きかえらせ、船中には、生きた人間が二人になったが、どろぼう[#「どろぼう」に傍点]船|虎丸《タイガーまる》の船内には、依然として、不気味な空気が漂うている。中甲板には、なおも、四つの屍体が横《よこた》えられたままだ。なぜ、怪老人は、四つの屍体を、海へすてないのか。五日を過ぎ、十日と経《た》っても、屍体の処分をしない。
で、鬼気が身に迫るようだ。胸の創《きず》が癒《い》えて、甲板を散歩することがゆるされた陳《チャン》君は、中甲板で、四つの屍体を発見して、ぞっとした。
「どうして、屍体をすてないのですか」
老人は、にやり笑って、
「いや。まだすてるには惜しいよ」
「また、実験に使うためですか」
「そうかも知れん。ことによったら、おまえの肉体も、必要になるか知れんよ」
「えッ!」
「驚いてはいけない。わしは、大男の心臓を、おまえに移植したのは、おまえをこの世に還《かえ》したいためではなかった。わしの学説の実験に使うためだ。だから、必要になれば、いつでも、おまえの肉体を貰《もら》うまでさ」
「あなたは、生きた人間を殺さぬと、仰《おっ》しゃったではありませんか」
「そうじゃ、わしは、生きた人間を殺さぬ。そんな殺生《せっしょう》はせぬ」
「でも、僕をまた、殺すつもりでしょう」
「いや、誤解してはいけない。わしは、死んだおまえを、元通りに死なしてやるまでさ。けっして、死んだ人間を生かしたままにはせぬよ」
「…………」陳君は、怪老人の不気味な一言に、ぞッと身顫《みぶる》いして後退《あとじさ》りした。老人は、自ら亡霊ではないと云ったが、血の通った人間とは信じられない。人間の心臓を勝手に取替えたり、屍骸《しがい》に息を吹き込んで、また元通り屍骸にしてしまうなぞ、亡霊でなければ、悪魔の仕業だ。
「油断がならぬぞ」陳《チャン》君は警戒しはじめた。虎丸《タイガーまる》は、心臓を失い、両足を失って相変らず、幽霊のように、名も知らぬ海洋をひょうひょうと漂流している。
「戦おうか」だが、仮にも、怪老人は、自分にとっては生命《いのち》の恩人だ。他人の心臓を取って、移し植え、血の通う人間にしてくれた恩人だ。たとえ、亡霊でも、悪魔でも、ふたたび自分に魔の手を伸し、心臓を抉《えぐ》り取ろうとするまでは、こちらから手出しはできないとおもった。
真夜中ごろ、人の気配を感じてふと眼が醒《さ》めた。
「誰だ!」低く、しかも力の罩《こも》った声で叫んで、半身を起し、四辺《あたり》をみると、白衣の怪老人が片手にメスを握り、そっと、陳君の眠っているベッドに近づいて来たのだ。
「何をするのです」怪老人は、不気味に笑って、
「わしはまた、人間の肉を裂きたくなったのさ」
「えッ! では、僕の心臓を、また抉り取ろうというのですか」
「いや、心臓が欲しいのではない。その二つの眼じゃ」
「えッ!」怪老人は、一歩一歩近づいてきて、
「おまえの、美しい、若々しい眼と、このわしの老《おい》
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