が、そのたびに、甲板に投げ飛ばされた。
「おのれ!」
 起《た》ち上って、また突進すると、面倒なりとばかり、大男は、怪腕を揮《ふる》って、若い水夫の顔面に一撃を加えた。
「あッ!」
 そのまま、鮮血に染って倒れるやつを、足をあげて、脇腹を蹴《け》ると、急所をやられたか、そのまま息絶えた様子。このさまを見て、他の水夫――頬《ほお》に創痕《きずあと》のある物凄《ものすご》い男が、
「よしッ! 兄弟の仇《かたき》だ! 来い」と、叫んで、縮毛の大男に突進した。が、これも、たちまち、血だらけになって、その場にへたばってしまった。
「口ほどもねえ奴等だ。さア、われとおもわん者は、来い!」縮毛の大男は、仁王立ちになって、四辺《あたり》を睨め廻したが、この勢いに辟易《へきえき》してか、誰もあとに続くものがない。
「誰もいないか、自信のある奴がなければ乃公《おれ》が一番強いのだ。腕ずくで、宝物は乃公の自由にするまでさ」が、このとき、背後にいた水夫の一人が、二、三歩前に進み出で、
「いや、船長は、この乃公だ」と、力強く叫んだ。
「何に! どいつだ」
 縮毛の大男が、振りかえった途端。
 ズドン! と一発、銃声が起った。
「あッ!」胸を射貫《いぬ》かれて、大男は、もろくも、甲板に殪《たお》れてしまった。
 ピストルを握った、豹《ひょう》のような水夫は、続けさまにピストルを乱射した。そして、中甲板を逃げまどう残りの水夫の背後《うしろ》に、一発お見舞申してしまった。甲板は血に染み、四人の水夫の屍骸《しがい》が散乱した。ピストルを握った水夫は、会心の笑みをうかべて独言《ひとりご》った。
「これで、きれいさっぱりした。宝船の主人は、つまり、この乃公《おれ》だ」
 彼は、麻縄《ロープ》でぐるぐる巻にされ、甲板に転がっている僕等に気がつくと、また、険しい眼付で、ピストルの銃口を向けた。
「待ちたまえ」僕は、落着払って云った。
「何だ!」
「僕等は、冷凍室のラッコなど欲しかないよ、……何よりも、君の勇気に感心した。改めて君の部下になろう」
「…………」
 豹のような水夫は、豹《ひょう》のように、疑深く、なおもピストルを、僕の胸に擬《ぎ》したままだ。
「ね、君! この船は、機関《エンジン》の故障で航海が続けられないのだぜ。つまり、漂流船だ。この先、何十日、何百日、海洋を流されるかしれないじゃないか。僕等まで射殺して、たった一人で、太平洋を漂流するなンか、心細いだろう」
 豹のような水夫は、肯《うなず》いて、僕等の麻縄を解きはじめた。

     怪老人の冷笑

 麻縄を解かれて、やっと自由になった。僕も、陳《チャン》君も、雀躍《こおどり》して、中甲板を飛び廻った。
 と、豹のような水夫は、何をおもったか、不意にまた、陳君の背後に、ピストルの銃口を向けた。
「あッ! あぶない」
 僕は、おもわず絶叫したが、すでに遅かった。兇暴な水夫の放った一弾が、陳君の左肩《さけん》を貫通した。
「あッ!」
 と一声、悲鳴をあげて、陳君は、よろよろとその場に倒れてしまった。
「卑怯《ひきょう》だ!」
 僕は、水夫を睨みつけながら、駈け寄って陳君を抱いた。
「しっかりしろ。傷は浅いぞ」
 血に染った陳君は虫の息で、
「や、山路君。……く、口惜《くや》しい」
「しっかりしろ」
「おなじ、東洋人に、や、やられるとは、……く、口惜しい」
「陳君! か、讐《かたき》は討ってやるぞ。しっかりしろ」
「た、たのむ……。もう、僕は、だ、駄目だ……」
 陳君は、僕の手を、かたく握り締めたが、しだいにその力が失われ、ぐったりとなってしまった。
「しっかりしろ」
 僕は、猛然と立ち上った。
「何故、罪の無い陳君を射殺《うちころ》したのだ」
 豹のような水夫は、ピストルを、僕の胸板《むないた》に突《つき》つけたまま、
「陳の奴は、油断がならねえからやっつけたのだ。小僧、てめえだけは、たすけてやろう」
「いや、断じて妥協はせんぞ。陳君の讐を討ってやろう」
「ハハハハハ。無手《むて》で、このピストルに立向うつもりかい。いくら、日本の少年でも、そいつはいけねえ。乃公《おれ》に降伏しろ」
「黙れ! 日本男児の、鋼鉄のような胸を、射貫《いぬ》けるものなら、討ってみろ」
「ハハハハハ。慈悲をもって、たすけてやろうとおもったが、陳と一緒に、冥途へ往きていなら、一思いに眠らしてやるさ。観念しろ」
 豹のような水夫は冷笑をうかべて、ピストルの引金に指をからませた。
 と、このとき、何処《どこ》からか、不意に、
「ワハハハハハハ」
 と、突破《つきやぶ》ったような笑声が起った。それは、豪快な笑いにかかわらず、僕にも、豹《ひょう》のような水夫にも、死人の笑いのように冷たくきこえたので、振りかえった。
 おおそこには、いつのまに
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