なら》んでいるのであるからもう島影を発見しなければならぬが、相変らず茫漠《ぼうばく》たる水また水である。
「はてな。もしかしたら、舵機も、スクリウも、僕のいう通りにならないのかしら」
そうおもうと、不安は、刻々にましてくる。このまま、針路を誤り、航行をつづけるならば、世界の果ての魔の海へまでも往ってしまうかもしれない。
が、そんな不安はまだ生優《なまやさ》しかった。やがてのこと、不意に、船の心臓ともいうべき機関の音がピタと停ってしまった。
「あッ!」僕は、おもわず失策《しま》った! とおもった。
水葬にしろ
素人機関士の陳《チャン》君が、船橋《ブリッジ》を駈け登って来た。
「山路君。とうとうやっちゃったよ」
「えッ! 何をやった?」
「機関《エンジン》が急に停ったのだが、どこが故障か、てんで解《わか》らないよ」
「そいつは、困ったなア」
「僕が、機関の故障を発見できないくらいだから、君にだって解るはずはないし、もちろん、水夫たちにも解るまい。……山路君、仕方がないから、運を天に任して漂流しよう」
「まア、それよりほかに、手段もないじゃないか」
僕は、未練にもまだハンドルを握っている。それをみて、陳君は、
「とにかく、機関が停っては、君がここに突立って、コンパスと睨めっくらしていたって無駄さ。船長室へ往って、午睡《ひるね》でもするさ」
二人は、悄然《しょうぜん》として階段を下りた。
中甲板をおり立つと、どこにいたのか、五人の水夫が、不意に現われて、二人の前に立塞《たちふさが》った。
「|停れ《ストップ》――」太い低音《バス》で叫んだのは、髪の縮れた、仁王のような安南人だ。右手を突出《つきだ》し、ピストルの銃口を二人の胸に向けた。
「やい小僧。てめえたちは、とんでもねえことをしてくれたな。さア、はやく機関を動かせ」
陳君は、落着払って、
「故障で動かないのだ。このうえは、潮流に乗って漂うまでさ」
「漂流?……よろしい。……で、小僧、てめえたちは、このピストルが怖くはねえのか。怖かったら、乃公《おれ》に降伏しろ」
「降伏?」
「そうだ。本船では、乃公が一番の強者だ。何故《なぜ》なら、乃公はピストルを持っている。そこで、強者の乃公は、ピコル船長に代って、今から船長様だ。てめえたちも、乃公の命令に従うがいい」
「黙れ! 縮毛。船長は、この僕だ。おまえこそ、われわれ二人の部下じゃないか」陳君が、肩を聳《そびや》かすと、縮毛の大男は、大口開いて笑った。
「ワハ……。小僧、大きく出たな。だが、いくら力んでも、どうにもならんさ。この船の宝物は、乃公のものだ。絶対に手を触れることはならぬ」
「うぬ!」陳君は、隙《すき》をみて、縮毛の大男の右手を叩《たた》きつけた。
「あッ!」ピストルは、甲板に落ちた。僕は、素早くそれを拾おうとしたが、同時に荒鷲《あらわし》のような手がそれに伸びた。
「何を!」
「やるか」僕と、べつな水夫とは、野獣のように組打ちとなった。
「さア来い。小僧!」
「何を! 大僧!」
陳君と縮毛の大男も、その場で格闘をはじめた。他の水夫たちも、これを傍観しなかった。二組の格闘のうえに、折重なって、烈《はげ》しい乱闘となった。
が、二人は、衆寡《しゅうか》敵《てき》せず、忽《たちま》ち甲板上で、荒くれ水夫たちに組敷かれてしまった。
「太い小僧だ。銃殺にしろ。……いや、それよりか、一束にして、水葬にしてしまえ」
縮毛の大男は、怒号した。
水夫たちは、麻縄《ロープ》を持ってきて、僕と陳君を一緒にして、ぐるぐる巻にしてしまった。
僕も陳君も、観念して、もう抵抗はしなかった。白人海賊たちの手で、海ン中へ叩き込まれる代りに、こんどは、中国や安南の水夫たちのために、同じ水葬の憂目をみなければならないのか。
中甲板の乱闘
いよいよ、生きながら水葬にされるのだ。僕は、眼を瞑《つむ》った。と、このとき、水夫の一人が、縮毛の大男に向って、念を押した。
「で、何かい。冷凍室のラッコの分配は、どういうことになるンだ」
縮毛の大男は、空嘯《そらうそぶ》いた。
「船長の乃公《おれ》の自由さ」
「何に! てめえが船長だと?」
「むろんさ。ピコル親分に代って、きょうから乃公が船長様だ。つまり、この船で一番強い人間が、宝物を独占していいわけだ」
「よし、じゃ誰が一番強いか、腕ずくでいくか」
「やるか!」
縮毛の大男と、若い水夫とが、野獣のような唸《うめ》きを立てて、たちまち、肉弾《にくだん》相《あい》搏《う》つ凄《すさ》まじい格闘をはじめた。慾《よく》の深い水夫たちは、二人の勝敗|如何《いか》にと、血眼《ちまなこ》になってこの格闘を見守っている。
「う……」若い水夫は、低い唸きを立て、縮毛の大男の胸に打かっていく
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