して再会を約した。自分は父と並んで岸辺に立ッて、二人が船へ乗り込むのを見ていたが、その時の心持はどんなであッたろう,親兄弟にでも別れるように思ッた,そしてその別れる人の心は何人《なんぴと》のことを思ッているのかと思うと、なお悲しさも深かッた。娘が桟橋《さんばし》を渡ッて、いよいよ船へ乗り込もうとして、こちらをふり向いて,
「叔父様、御機嫌よろしゅう。さようなら秀さん」
ト言ッた声、名残りに残したその声がまだ四方に消えぬ内、姿は船の中へ隠れてしまッた。
 無情の船頭、船のもやいを解いて棹《さお》を岸の石に突き立てる、船は岸を離れる、もウこれが別れ。父も悄然として次第に遠くなる船を見つめている様子……すると船の窓から貌を出した、誰であろうか、こちらを眺めている、娘ではないか。情を知らぬ夕霧め、川面《かわつら》一面に立て込めてその人の姿をよく見せない,あれが貌かというほどに、ただぼんやりと白いものが、ほんのかすかに見えるばかり。ああそれさえ瞬《またた》きをする間,娘の姿も、娘の影も、それを乗せて往く大きな船も櫓拍子《ろびょうし》のするたびに狭霧《さぎり》の中に蔽《おお》われてしまう,ああ船は
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