娘と二人で来て、世話になるというのは、よほど不思議なこと、何かの縁であろうと思ッた,それが考えの緒《いとぐち》で、いろいろのことを思い出した。すなわち、このような山中で、竹の柱に萱《かや》の屋根という、こんな家でもいいによッて、娘と二人していたいと思ッた,するとその連感で、自分は娘と二人でこの家の隣家に住んでいる者で、今ちょッと遊びにでも来た者のような気がした,するとまた娘の姿が自分の目には、洗《あら》い晒《ざら》しの針目衣《はりめぎぬ》を着て、茜木綿《あかねもめん》の襷《たすき》を掛けて、糸を採ッたり衣《きぬ》を織ッたり、濯《すす》ぎ洗濯、きぬた打ち、賤《しず》の手業《てわざ》に暇のない、画にあるような山家の娘に見え出した、いや何となくそのように思われたので。それゆえ自分は連れにはぐれて、今ここへ来ている者だなどということは、ほとんど忘れたようになッていた。不意に表の方が騒がしくなッた。
 自分は覚えず貌を上げてそして姉を見た。
「おお秀坊が!」
 第一に姉が叫んだ。
 誰しも苦痛心配は厭《きら》いであるが楽になッてから後、過ぎ去ッた苦痛を顧みて心に思い出したほど、また楽しみのことは
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