「もウ来たろうか?」と繰り返していた。稽古が済むと、脱兎《だっと》何のそのという勢いでいきなり稽古場を飛び出したが、途中で父の組下の烏山《からすやま》勘左衛門に出遇ッた。
勘左衛門は至ッてひょうきんな男ゆえ、自分ははなはだ好きであッて、いつも途中などで出遇う時にはいい同行者《みちづれ》だと喜んで、冗談を言いながら一しょに歩くのが常であッた。今日も勘左衛門は自分を見るといつもの伝で,「お坊様今お帰りですか?」とにっこりしたが、自分は「うむ」と言ッたばかり、ふり向きもせず突ッこくるように通り抜けたが,勘左衛門はびっくりして口を開《あ》いて、自分の背《うしろ》を見送ッていたかと思うと、今でもその貌《かお》が見えるようで。
自分は中の口から奥へはいッてあたりの様子に気をつけて見たが客来の様子はまだなかッた,さてはまだなのかと稽古着のままで姉の室《へや》へ往ッて、どうしたのだろうと噂《うわさ》をしていた。しばらくするとばたばたばたという足音がして部屋の外から下女の声で、
「お嬢さま、お嬢さま! お客さまが、江戸の」
自分はいきなり飛び出そうとした,「静かに!」姉に言われてそうだッけと、静か
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