祖母との間に誠に嬉しい話が始まッた,それを何かというとこうで,もウ二三日過ぎると叔父も江戸へ帰るにより、何か江戸|土産《みやげ》になりそうな、珍らしい面白い遊戯《あそび》を娘にさせて帰したい,が何がよかろうと二人が相談を始めた。しかし面白い遊びといッたところがこの草深い田舎では,五節句、七夕《たなばた》、天皇祭でなくば茸狩《たけが》り蕨採《わらびと》り、まアこんなもので,それを除いては別段これぞという遊びもない,けれども今は四月二十日、節句でもなければ祭でもない、遊戯と言ッては蕨採りのみだ、蕨採りと言ッたところがさのみ面白い遊戯でもない,が摺鉢《すりばち》のような小天地で育ッている見聞きの狭い田舎の小児《こども》には、それが大した遊戯なので,また江戸のような繁華な都に住んでいて野山を珍らしく思う人にはやはり面白い遊戯なので,それゆえいよいよ蕨採りに往くことと極まり、そのことを知らせた時には一同|歓喜《よろこび》の声を上げた。
 さてその夜は明日を楽しみにおのおの臥床《ねどこ》にはいッたが、夏の始めとて夜の短さ、間もなく東が白んで夜が明けた。
 その日の四ツごろようように仕度《したく》が
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