自分を見ると父が眉に皺《しわ》を寄せて,「あちらへ往ッておいで。子供の聞くような話ではない」ときっとして言ッた,が自分はこの場の様子を怪しんで、物珍らしい心から出るのを少し躊躇《ちゅうちょ》していると,娘が貌をふり上げて清《すず》しい目で自分を見た、その目の中には、「早く出て往ッて……」というような風があッた。ちょっと見た娘の一目は儼然《げんぜん》として言われた父の厳命より剛勢だ、自分は娘の意に従いすぐに室を出たが、それでも今室へはいッた時ちらりと皆《みんな》の風が目に止ッた。父は叔父に向ッて、「さようさ、若年にしてはなかなか感心な人で」などと話していた,また娘は下を向いて膝《ひざ》を撫でていると、祖母と母とが左右からその貌を覗《のぞ》き込んで、何をか小声でたずねていた。自分は室を出てから、何を皆は話しているのか、なぜまた自分がいてはわるいのか? と思ッたが、なアに、思い込んだのではない、ほんの目の前を横ぎる煙草の煙《けぶり》、瞬《めばた》きを一ツしたらすぐ消えてしまッた。
 元来この日は、自分は何となく嬉しくいそいそとしていた、しかし何ゆえ嬉しかッたのかその理は知らなかッた、が何がな
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