六月
相馬泰三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)身体《からだ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)拍手|喝采《かっさい》した
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)つい[#「つい」に傍点]
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まあ、なんと言ったらいいだろう、そうだ、自分の身体《からだ》がなんのこともなくつい[#「つい」に傍点]ばらばらに壊《くず》れてゆくような気持であった。身を縮めて、一生懸命に抱きしめていても、いつか自分の力の方が敗《ま》けてゆくような――目が覚《さ》めた時、彼は自分がおびただしい悪寒《おかん》に襲われてがたがた慄《ふる》えているのを知った。なんだかそこいらが湿っぽく濡《ぬ》れている。からだのどこかが麻痺《しび》れて知覚がない。白い、濃淡のない、おっぴろがった電燈の光が、眼の玉を内部へ押し込めるように強く目に映じた。自分のいるところより一段高いところに、白い詰襟《つめえり》の制服をつけた警官が二三人卓に向って坐っているのがちら[#「ちら」に傍点]と目に入った。
(おや、ここは警察署だな)と彼は思った。すべてのものが静かに息を潜めて、そしてあたりの空気が元気なく疲れて冷え冷えしている様子が、夜のすでに深く更《ふ》けていることを物語っていた。――すべてこれらのことが一瞬の閃《ひらめ》きの間であった。思い設けないことに対する一種の驚愕《きょうがく》が、今まで腰かけていたべンチの上から彼を弾《はじ》き下ろした。身に巻きつけられてあった鼠《ねずみ》色毛布のぼろきれがぱさぱさと身体を離れて床に落ちた。で、彼はまる裸になった。しかし彼はそんなことには頓着《とんじゃく》なく、よろよろとよろけながら一人の警官の卓の前に進んで行った、そして卓を叩《たた》いて叫んだ。
「警官、警官、私はどうしたというんです。私の身の上に一体何事が起ったのです」
事によったら、それは署長であったかも知れない、そんな風に思われる五十格好の男であった。その男は思いがけないところを驚ろかされたので、
「うむ? あ?」と、ちょっとまごついて、今まで居睡《いねむ》りでもしていたらしい顔をあげた。痩《や》せてげっそり[#「げっそり」に傍点]と落ちた頬辺《ほっぺた》のあたりを指で軽く擦《さす》りながらシゲシゲと彼を眺《なが》めていたが、急に大きな声を出
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