して笑い出した。そして横手の方にある大きな板の衝立《ついたて》のようなものの蔭《かげ》へ向って、
「奴《やっこ》さん正気がついたらしいや、おい、△△君、あっちへ連れて行ってどこかへ寝せてやるといいよ」と叫んだ。
 年の若い、まだやっと二十二三になったかならないかの巡査が一人、佩剣《はいけん》を鳴らせながらガタガタと現われて来た。その若い男は、卓の男がまだ笑っているのを見ると、自分もにこにこしながら、
「気は確かかな。大変にのんだくれやがって、ざまあなかったぞ。そしてなんだ、貴様はもう少しで死ぬところだったぞ」
 彼は思わず、熱心に
「一体どうしたというんです?」と問い寄った。
「呆《あき》れ返った奴《やつ》だ、あれがちっとも覚えがなけりゃ、あのまま死んだって覚えがないというものだ。――川へ落ち込んだのだ。一旦《いったん》沈んでしばらく姿が見えなくなってしまってな、――署員総出という騒ぎだ」
「全く危険であった」と、そばにいた他の一人の警官が言った。
「野郎、寒がってぶるぶる慄えていやがる!」
 こんなことを言って、彼の丸裸を指差して笑っている連中もあった。
 彼の頭にはそれらしい記憶は何も浮んで来なかった。ただ夢のようだと思うほかはなかった。
 燈《あかり》のない暗い廊下みたいなところを通って、とある部屋の中へ押し入れられた。暗闇《くらやみ》の中を手探りすると、畳の敷いてない床に、荒らい毛の毛布があったので、それにくるまって横になった。
 横になってしばらくすると、鼻の穴の奥が痛がゆいような感じがした。それに続いて咽《のど》が何かにむせるような、それから何物かに強く口を塞《ふさ》がれて、窒息しそうな堪えがたい苦しみの記憶が、ふと、全く思いがけなく彼に蘇生《よみがえ》って来た。と、彼の頭の中に、ある慄え上るような心持ちが電光のように閃いた。しかし彼はひどく疲れていたので、いつかうとうとと深い睡眠に陥ってしまった。
 再び目が覚めた時は、闇がいくらか薄らいでいた。手足がいやに冷たく冷えていた。頭は、棒のようなものに撲《なぐ》られでもした後のように不健康な不愉快な響きで充《み》ちていた。
 彼の入れられていた部屋は、これはまた何という脅喝《きょうかつ》的な造り方の部屋であろう! 三方はコンクリートの壁で囲まれ、他の一方にはその面一ぱいに四寸角の柱を組んだ格子《こうし》がは
前へ 次へ
全21ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 泰三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング