どうと言って別に当てなんかあるものか。――まあ、二ッちも三ッちもならなくなるまではこうしているさ。その先はどうにかなる。口入れ屋へでも何でも出かけるんだ」
曽根は、何だか自分もやろう[#「やろう」に傍点]としていたことを先を越されたような気がした。そしてある感激を覚えた。彼は盃をあげて突然《いきなり》
「松本! 君の健康を祝す」と叫んだ。
酔いがまわるにつれて二人は快弁になった。二人とも相手になんかおかまいなしで、てんでん勝手なことをどなった。曽根はおどけた一種の節をつけて、
「……むかし男ありけり、詩人にてありけるが、いまだ一つの作詩をもなさざるにある日酒に酔いて川に落ち、そのままみまかりにけり。か、そのとおり、そのとおり。まるで一口噺だね。……二人は酒をくみかわし、酔うて別れた。そしてその後ついに相会う機会を持たなかった。数年の後、あるいは数十年の後、二人は別々な土地で、別々な死に方をしてあの世の人となってしまった……か。人生よ、げに一口噺のごとき人生よ。……」
こんなことを言っていた。
松本は松本で、そんなことには耳をかさず、まるで演説でもしているような口調で、
「……世の一切の得失が我々にとって何でありましょう。世の一切の美、一切の醜、一切の善、一切の悪、それが何でありましょう。……無職業、無一物、そして宿なし、まことに勇気ある者のみの営み得る最も勇敢なる生活だ。そこにのみ誠に清新なる生活が味わわれるのだ。……何を恐れ、何を憂えんやだ。いかなる苦悩も、いかなる困窮も、やがて次ぎの時間に我々から「経過」して消えて行ってしまう、そしていつも我々の生命と、我々の思想と、我々の身体とが残って存在しているのだ。これでたくさんだ。……何という幸福でありましょう。……」
こんなことを叫び続けていた。そして最後に彼は曽根の肩に両手を掛けて、曽根にも一日も早く社をやめるように勧めた。
「……先輩、後輩、関係、背景、そして紹介状、……むこうに行ってはすべり、こっちへ来ては転《ころ》び、……曰《いわ》く何系、曰く何団体、曰く何派、曰く何、……まるで簇生《そうせい》植物のようだ。うじょうじょとかたまっていなければ生きて行かれないような、そんな意気地のない権威のない生活が何になるのだ。……そういう世界から一日も早く卒業しなければだめだ」
それはまるで人を鞭打《むちう》つよ
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