と待ち構えていたかのように彼の目に映った。彼が席につくと、すぐ後ろにいた校正係りのT―老が朱筆をちょっと小耳に挾《はさ》んで曽根の方へ向き、
「昨日の市内版へ、もう少しで君の記事が載るところだったよ。すんでのことでさ」
「新聞配達夫水に溺《おぼ》るってね」
 三面の主任がこうつけ足して笑った。
 外務主任がやって来た。二面のL、一面のO、……いつか四五人の人が彼の周囲に集まっていた。そして(やはり一種の酒乱というものさ)(天才はどうしても常人とちがうね)(これからは少し謹《つつし》むこったね。実際笑談じゃないよ)こんな、てんでに勝手なことを言い合った。曽根はこれらの人たちの前で小さくなっている自分の姿を想像した。自分はなぜもっと群衆に対して威厳がないのかと思うた。黙って伏目になっていると、苦々しそうな薄笑いを浮べて気味の悪いほど不得要領な顔つきをしている自分の顔が鏡を見るようにはっきりと自分の目の前に見えた。眼尻《めじり》に集まる細い意気地《いくじ》のない皺《しわ》、小鼻のあたりに現われる過度の反抗的な表情、
 一面のS文学士とMとがやって来て、「失われそうにして助かった幸運なる君が生命のために祝盃《しゅくはい》を挙《あ》げようじゃないか」と言った。すると、すぐ前の卓にいたAが頭を擡《もた》げて、
「賛成、賛成!」こう言って、書きかけの原稿を傍へ押しやった。
 曽根は常になく片意地な、ちぐはぐ[#「ちぐはぐ」に傍点]な心持であった。彼は心の中で思った。
(ご親切はかたじけないが、実を言うと僕は君たちと酒を飲むのはいつだってちっとも愉快じゃないのだ。何だか退屈でね、君たちの「新人」というものにももう新らしい型が出来ているよ。それに僕は君たちのような趣味に富んだ詩人ではないんだ。趣味なんてものにはむしろきわめて冷淡で、そして大変な不風流人だよ。それから君たちのような学者でもない、僕は事実この数年来書物らしい書物なんか一冊も読んだことがない。いつもよく君たちが言う最近の学説だの、新主張だのというものも僕にはただいたずらに退屈で、全く何の興味も持つことが出来ないのだ。……まったく、袖《そで》ふれ合うも多少の縁と思えばこそ笑談のつき合いもしているようなものの、恐らくは、そうだ、恐らくは僕は君たちが僕を遇していてくれるほど、君たちを尊敬してはいないかも知らないよ。そして僕は今、
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